メッセージから始まる夏模様

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 今年の夏はなにもない。  確かにそうかもしれない、と仏壇のある和室に寝転びながらスマホのネットニュースを流してみる。  あぁ、今日は過去最多か……。  この世界で起っているパンデミックとやらは頭の上で空気を回す扇風機の風に飛ばされてしまえばいいのに。視線をスマホから少し頭上へ向けると、白い無機質な首の向こうにプラスチックの羽が高速で回っている。下から覗くとちょっと妙な感覚に陥る。  過去最高と言う文字一言ならば、最高なんだけど。例えば、過去最高の出生率とか、過去最高の就職率とか? 過去最高の得点とか?  あぁ、と寝返りを打つ。最多で考えなければならないのか……。  風鈴の音に縁側を見つめる。緑の景色に蝉の声、元気いっぱいの太陽。ここでの太陽は、止めを刺すような光ではない気がする。あった。そう、最多安打とかいうあれ。あれなら幸せよね。  あ、蝉飛んでった。渦巻き蚊取り線香のせいかなぁ?  寝転びながらぐいっと体を伸ばして、天井を見上げる。梁のある天井はうちのマンションでは見られない。小さい頃あの染みを見て、お化けと怖がっていた記憶が蘇り、ふと笑みがこぼれた。  でも、過去最高の文字、この暑さもそうだけど、最近あんまりいいことない。今年はどのくらい暑くなるのだろう。ここは山間の集落みたいなものだから、まだ都会よりはましだけど。  大学はお休みだった。二回生だからまだましかもしれないけれど、授業料、どうなるんだろう。バイトもないままだし。っていうか、実質クビだし。だけど、両親ともに自粛期間中の代替えとかで仕事に出かけている。兄も仕事で、妹は受験勉強を理由に断った。  ごろごろ寝ながらその断りを聞いていた私に降って湧いたのが、母方祖父母宅のメンテナンスを兼ねての帰省だった。とりあえず、元仏壇に祖父母二人の遺影を乗せて「帰ってきたよ」と言うのがお盆休みの恒例行事だったのだ。私も幼い頃はよくついて行ったが、最近は学校やらクラブやら、友達との予定などで父母に任せっぱなしだったのだ。  それが、まさかの一人帰省。 「仏壇に遺影をおいて、お盆の間過ごしてくれるだけでいいから。電気と水道、ガスは連絡入れておいたから」 と言われて、二日目の午後だ。掃除などは昨日の午後から午前中に終わらせている。光熱関係の立ち会いも終わっているし、何もすることがない。  風鈴の音が涼しく響く。蚊取り線香の匂いって除虫菊ってお花の匂いなんだよな。べープの方も同じ匂いがするのはなんでだろう。  そんな何もないこの中でラインの音がぴこんと異質に響いた。 『帰省どう?』 『暇ぁ』 ひーちゃんからのメッセージだった。 『そっかぁ。こっちも暇ぁ』 茹だる暑さを象徴するスタンプと共に送られてきたメッセージに、私はうちわで扇ぐスタンプを贈った。 『だよね』 いくら自粛が解禁と言っても、やっぱりみんなで旅行へ行こうと言う気分にはなれなかったし、祖父母と同居の友達もいて「怖くて出られない」が私のグループでは多数だったのだ。だから、彼女も家に缶詰なんだろうな。  あ、蝉鳴きだした。まだ一匹かな? もうすぐ合唱し始めるんだよねぇ。  ぴこん。 『せっかくだし、夏を満喫してまーすの写真作らない?』 しばらく考えた。この子、時々そんな不思議なこと言うんだよな。まぁ、暇だしいいか。 『OK』 え、これってインスタにあげる感じ? ここでいいのかな? 『じゃあ、みんなにも呼びかけるね』  めんどくさ。そんな風に思いながらむくりと起き上がり、頭をかいた私は一瞬考えて、今度はちゃんと立ち上がって伸びをした。  スタンプを送る。サムズアップした猫のスタンプ一つ。  それにしても夏かぁ。花火に夏祭り、プールにキャンプ。ひまわりとか蝉もそうか。蝉なら……あ、ズームで撮れるかな?   縁側まで出て行って、ぐーっとアップにする。ちょっと分かりにくい。  夏……麦わら帽子にTシャツ短パン、ビーチサンダル。あ、海もか。残念ながらここには海はない。誰か海の写真でもあげてくれないかな?  つっかけをひっかけて、庭木を見上げながら蝉を捉える。木漏れ日がいい感じに煌めいて夏を演出してくれていて、なかなか良い画が撮れそうだ。緑に透ける光と煌めく光。そして、しっかりと木に捕まる夏の象徴の蝉。 「おっ」 画面を覗いても良い感じ。するとぴこんとグループラインから呼び出しがあった。  ガラスの器にバニラアイス。木のスプーンが添えられてある。アコだ。  へぇ、アコってこんなのに一番乗りするタイプだったんだ。そして、結構可愛い。切り子の硝子は白いレースのコースターに乗っていて、ベランダなのかな? 青い空を背景にして、汗を掻いた器が冷たさを演出しているよう。ただ、惜しい。その切り子の乗っている場所がおそらく食卓にあるような椅子なのだ。 『おいしく頂きました!』 遅れてメッセージ。 空かさず既読。何人がこのイベントに参加しているのかが分かる。  今のところひーちゃんを入れて四人みたい。全員で六人のグループだから、参加率は高いかも。いやいや、それより、負けてられない気がする。  あ、そういえば昔。おばあちゃんが押し入れにたくさん私の夏グッズを入れてくれていた。まだあるかな。  私は慌ててきびすを返した。  襖の押し入れに頭を突っ込んでくしゃみをしながら段ボール箱を覗いているとぴこんと音が。 『姪っ子、3歳!』 インナーガレージにプールを広げて水遊びのちっちゃい女の子がたくさんの水滴を光らせてニコッと笑顔を向けていた。え、えりりん。えりりんまで参加してたんだ。っていうか、これに勝てる夏ってあるの?  ちょっとぼんやりしていたら、参加人数が五人になっている。あ、と言うことはくるみんだけ参加していない感じかも。くるみんはおばあちゃんの介護の手伝いも言っていたから。  そして、水に揺らめく光もいいな、とアイデアが浮かぶ。あ、思っていたものとは違うが、麦わら帽子をみつけた。祖母が庭仕事をする時に被っていたヤツ。そして、その麦わら帽子を被って、もう一度縁側から庭に下りる。庭の納屋にたらいがあったはず。  ぴこん。 『お母さんに着せてもらった♡』 ひーちゃんの浴衣姿。その手には、何故か金魚が……。あ、よく見るとまち付きジップロックみたい。ひーちゃんはいつも最後にあり合わせを選んでしまう。金魚、ない方がいいんじゃない?  そんな風に画面を見つめていると大切なことを思い出した。去年の夏祭りひーちゃんだけ夏風邪でいけなかったんだ。お祭りの最中にある花火大会も楽しみにしていたし、新しい浴衣も買ったと言っていた。あ、だから、夏を楽しんでいるにかこつけて、着てみたかったのかもしれない。乾いた笑みがこぼれてしまうが、二年連続無情にも浴衣を着れなかったのだ。半分赦してあげよう。 『ひーちゃん、似合ってる!』 コメントを送って、♡マークの溢れているスタンプも送っておく。ひーちゃん寂しがり屋なところもあるからな。誰かに文句言われる前に良い流れを作っておいてあげた方が良いかも。  とくに、元々夏祭りに来る予定のなかったくるみんとえりりん。二人はこの事実も知らないだろうし。  ひーちゃんって妹のいる長女なのに、どうして地味にかまってちゃんなんだろう。真ん中長女の私はそういうところがよく分からない。まぁ、ひーちゃんのまだかわいいところは、構わなかったからって拗ねないところなんだけど、落ち込むのよねぇ。 『ひーちゃん、かわいい』 あ、くるみん。既読も5になった。ちょっと手が空いたのかな? みんなで何かできたらいいな。くるみんも夜なら暇になるのかな? くるみんのお母さん、腰が痛いって言ってたからな。くるみんがほとんどの力仕事をしているのかな? みんなで何かできるといいな。  納屋からたらいを取り出して、縁側の三和土の下において、調度足が浸かるように設定する。  うん、いい感じ。 風鈴に、蚊取り線香。揺れる水に乱反射する光。  後は麦わら帽子を被って……。  カシャ。 ぴこん。あ、やられた。さっき探していたものが写っている。 『冷え冷えのできあがり』 溢れんばかりに器に掻かれた氷の山。てっぺんはレモンかな? と思っていたら『ビタミンC炭酸』掛けたと笑いマーク付きだった。  まゆ……そこまでしたんなら、そこはレモンでしょ。っていうか、黙っとこうよ。確かにあなたはそんなキャラだけどさ。 『溶けるの早くてびっくり。写真めっちゃ慌てた(笑)今は真ん中に穴が開いてる』 『あったり前(笑) 最早薄めた炭酸飲料じゃね』 『さすが。まゆ。やること違うわ』 『良いなぁ。かき氷』 『おいしいかもよ』 さすがにひーちゃんとくるみんは優しいが、えりりんとアコは手厳しい。 『私も、できた!』 多分みんなのスマホが同時に鳴って、一緒の瞬間に私の写真を見てくれたはず。なんとなく嬉しい。 『うわ、すご。気合い入ってるね。風鈴、懐かしいっ』 『どんだけ田舎なの?』 『もしや、ポツンと?』 『電波届いてるのが奇跡という(笑)』 『それって蚊取り線香?』 『うちもたまに炊くよ、蚊取り線香。あと、ごめんね、楽しい写真じゃないけど、夏らしいもの手近にこれしかなくて』 ぴこん。 暑さを含んでもまだ青い空、入道雲。そして、画面の右端に放射を描く太陽の光が、燦然と射し込んでいた。 あぁ、夏だ。みんな、同じ太陽の光の中、夏を探してたんだな。  メッセージを送る。 『くるみんって夜暇?』 『うん、夜はお父さん帰ってくるから』 じゃあさ、今度は同じことして思い出にしない? 『みんなで花火しようよ』  今みたいに。  ぴこん。五回。  マスクと水筒は必需品。それから、麦わら帽子を被って、自転車にまたがった。空は青いし大丈夫。こんな熱に負けてたまるか。  一番近くのホームセンターまで花火を買いに。  一漕ぎ一漕ぎを大切にしながら、私は光を感じて自転車を走らせていた。
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