久遠のなかで

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「おじいちゃん……?」 「ラーナ……」  先ほどのラフィアの叫び声が聞こえていたのか、ラーナが部屋へと入ってきていた。 「どうしたの、お母さん。おじいちゃん、具合悪いの?」  ラーナの言葉にラフィアは何も返せないでいた。今は必死に涙を流さないようにするだけで精一杯であったのだ。 「おじいちゃんが張り切って、少しバランスを崩しただけだよ」 「そうなんだ。なにしてるのおじいちゃん」 「早く元気にならんと思ってな」 「うんっ!」  いつの間にか、すぐそばまで来ていたラーナの顔を見ながら、その奥にいるラフィアの顔を見て言った。 「ありがとうな……」  これまでの感謝の言葉であった。  こういう時、ありがとう以外は言ってはいけない。“今まで”や、“本当に”、とか言葉を付け足すと周りに悟られてしまうから。小さい子にまでも自分の最後を。  しかし、その最後が近いことを知っている者からすればその言葉だけで十分理解できていた。  生涯における最後の感謝の言葉であると。 「いいえ、私の方こそありがとう。お父さん……」  ラフィアはラーナをぎゅっと抱きしめながら、涙を浮かべていた。  ラーナは母の手で包まれながらこちらをじっと見ていた。 (もう、終わる)  口が開くことはなくなり、ただゆっくりとまぶたが落ちてくる。これが何度目かの老衰による死であった。  まぶたが完全に落ち、そのあとは徐々に体の様々な感覚が消えていき、最後に意識が消える。  その過程はどんな死においても共通していた。最後に消えるのは自分の意識であった。消えた意識が再び戻った時、いつも新たな人生を迎えていた。  その時間にしてどのくらいかも想像できない時の中で俺はいつも思っていた。  どれだけ生まれ変わろうが、様々な世界を生きようが。  交通事故で死んだとしても、戦いの中で敗れて死んだとしても、老衰の中で死んだとしても、意識の途切れる間近思った。  様々な生を歩んでいるとはいえ、その繋がった長い長い生の中で、一つの終わりを迎える瞬間に思うことはただ一つ。 「あと五分でいい」  死んでも新たな人生があると知っていてもなお、俺は今生きていた世界に惹かれたのだった。
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