皮肉 95年・夏

2/2
前へ
/5ページ
次へ
 私はその女性の顔を見て驚いた。 どこかで会ったような気がしたからだ。 でも、その答えは直ぐに見つかった、この春、下の階でストレッチをしていた時、コンクリートの柱にひたすら鉄砲稽古の姿勢を真似ていた女性だったからだ。 私の驚いた表情から、彼女も3か月前の私に気づいたようである。 それが証拠に私の視線から顔をそむけると、彼女が一言放った。 「私・・柱は押しても、プールの水は全部飲まないから安心して・・」  私にジョーク言い残した彼女は、間もなくプールから上がってしまった。 そしてシャワールームの方に歩きだした。 その姿を見て私は再び驚いた、なんとプールサイドを歩く彼女はまるでライザップ後のコマーシャルビデオを見ているようだったからだ。 「先に返されてしまったジョーク」だと、その時はそう思った。 でも、あれから30年、当時とは異なるジムに通う私だが、顔見知りが増えるにつれ、毎日があの日と同じような局面を体験することが多くなった。  それだけに今になって思えば、あの夏のあれは、彼女のジョークでは無かったような気がする。 あの時の彼女は、真剣に怒っていたのかも知れない⁉ であれば、失礼なことをしてしまった、謝罪しなければならない。  初めて声掛けをしたのが春だった、初対面の私に体形をいじられたところで「苦笑いしながら立ち去った」と、私は身勝手な言葉を並べたが、彼女の中では相当怒り心頭していたのかもしれない。  もしかして、それを機に私への報復を企て、それからと云うもの、意地のダイエットが始まったのかも知れない。 それから約3か月後の夏、スリムになった彼女は再度、私と出会った。 というか、彼女は私と再会することをむしろ望んでいたかのかもしれない。 それは、俗に言う男女の意味合いではなく、言葉への報復をしたかったからだろう。  だから、あのようにスマートで強烈な皮肉が飛び出したのだろう。 普通は顔を思い出すだけでも大変なのに、なぜ直ぐに分かったのだろう?・・きっと私が気づかないところで、意識をしていたに違いない「機会あらば言い返してやろう」ってね。  それは筆者、あなたの思い過ごしだよ! 他人はあなたが思うほど、あなたのことなんか注目なんかしていないよ! それこそあなたの妄想だ! ってそんな声がどこからともなく聴こえたのは気のせいか⁉  そうそう、当時の右腕の上腕火炎の件だが、あの夏アニメーターさんの言っていた通りだった。 左手でラーメンを食することが出来ると、次々と左手で事がなせるようになった、 そしてなんと一年後の夏には、無意識に右手に握った洗面器でお風呂のお湯を汲み上げていた、3年も悩んでいたのに、とても嬉しい出来事だった。 ―完―
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加