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品川から所沢。
山手線品川駅から二十一時七分発の渋谷新宿方面に乗車。高田馬場駅で新宿線、急行本川越行二十一時三十九分に乗り換え。二十二時十一分所沢駅到着。
男は駅から出たところで二本の線路が頭上に伸びた光景をぼんやり眺めた。そこまで広くない道路と交差して空駆ける電車たち。道路の向こう側には景観を考えない飲食店の入り口が並んでいる。
「息苦しい」
そうこぼしてはみたものの、本音を言えば思ったよりもおとなしい駅前の佇まいに男はホッとしていた。品川駅前では目眩を覚えたのだ。
歩道の真ん中で微動だにしない細身で黒ずくめの男。少し癖のかかった黒髪は目をほぼ隠し、背負ったリュックや靴、小さな顔をほとんど覆うマスクまでもが黒い。深夜の住宅街なら完全に不審者だ。
「池袋にしなくて正解」
誰に聞かせるつもりもない自分の言葉に一人で頷いて、男は駅前を右に向かう。高架下を抜けると頭がスースーする感覚と同時に、いかにも駅前な景色が広がった。
バス停、立ち並ぶ大きなビル、信号の向こうにはちょっとした広場の様な空間があり若者がたむろしている。まだまだ寒いのに精強なことでなにより、と男は息を吐く。ふと振り向くとさっき出た駅と同じ名前の駅があった。
「SEIBU」
男は改めて周辺をぐるりと見まわした。もうすぐ二十二時だというのにそれなりに人の姿はある。
しかもこんな時間、こんな時代にティッシュ配りをしている輩がいるのだからさすが東京、と感心半分呆れ半分で男は踵を返す。
「真織!?」
こんな所で名前を呼ばれる覚えのない男、安辺真織はそのまま足を進めた。きっとロングヘアーでミニスカートをはいたマオちゃんに違いない。
「ちょ、真織だろ!」
無駄に大きなその声に、まざまざと満面の笑みが脳内で再生され真織は足早になる。
「つーかまーえた!」
後ろからガッツリ抱きつかれた真織はまったくもって落ち着いた様子で呟く。
「強制わいせつ罪」
「俺たちいくつだ? 二十七?」
「八」
「十年ぶりか!」
「九年と十一ヶ月、二十九日ぶり」
ようやく真織から離れた男はぶらさげた紙袋からポケットティッシュを掴み差し出す。
「素直になれよ!」
涙も心の汗もまったく流れる気はしないが真織はティッシュを受け取り、広告をじっと見つめた。
『暮らしの「困った」なんでも解決! 西恒太朗探偵事務所』
キャッチコピーと職業名が微妙に合っていない。これでは街の便利屋さんだ。
真織は想像通り満面の笑みを浮かべる恒太朗を真顔で見つめて進言する。
「職業、間違ってる」
「真織だな!」
恒太朗はワハハと笑いながらピョンピョンと飛び跳ねた。キャッチコピーについては友人知人に一通りからかわれたが、職業の方に突っ込まれたのは初めてだ。一緒に過ごした高校時代が一瞬で蘇りワクワクしてくる。
真織はタイムスリップでもしてしまったような気分になる。恒太朗の目尻と頬に皺の入った人懐っこい笑顔、本当に無造作なだけの短髪も記憶のまま。膝が擦り切れそうなジーンズと真っ赤なパーカーは高校時代に見たことがある。
子供がそのまま大きくなってしまったかのような言動もすべてあの頃のままだ。
「な、メシ行こうぜ! 美味いラーメン屋があるんだ」
「食べた」
「夜食は男の嗜みじゃん!」
勢いよく肩を叩かれ一歩前につんのめる真織は呪文のように言葉を紡ぎ出す。
「数年前、警察を理不尽にクビになり安易に探偵を始めたが思うように依頼が来ず、遂に来月の家賃も払えない窮地に至りティッシュを配っていたところ旧友に出逢い晩飯をたかる西恒太朗」
嬉しそうに今一度跳ね、恒太朗は豪快に笑う。
「さすが! 鋭い洞察力は健在! なんで、なんで?」
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