一人目

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一人目

 春。それは芽生えの季節。  それに⋯⋯、春は植物の需要がある。  よって、園芸店は春から本格的に仕事がスタートする。 「いらっしゃいませ〜」  ドアベルの音に合わせて挨拶をすると、中年の女性が入店していた。銀フレームのメガネをしており、すこし高圧的に感じる。 「ちょっといいかしら? 新築祝いの観葉植物って何がいいと思う? 今から渡しに向かうのだけど」  近くで枯れ葉の手入れをしていた私を呼び止めて声をかける。店員はこのように相談されることもよくあるのだ。 「新築祝いでしたら定番としてオモトが思いつきますが、贈る相手のご家族は小さな子供がいたりペットを飼われていたりしますか?」 「ええ、孫が一人とトイプードルがいるわ」  それだと毒のある観葉植物は避けたほうが無難だろう。加えて新築祝いということで育てにくいものは避けよう。 「では、パキラなんてどうでしょう? 生命力も強いので育てやすいですし、種子以外に毒はありませんよ。それに葉っぱが手のひらのようでかわいいですよ」  大きなサイズと小さなサイズの両方を見せてみる。それも出来るだけ育てやすいように元気なものを選んだ。しかし、彼女はどちらに対しても反応は良くなかった。 「うーん、私としてはもう少し涼しげなものがいいわね。例えば、こういうの」  そう言って彼女が手に取ったものはアジアンタムだった。それも、すこし傷んだもの。  アジアンタムもたしかに涼しげで人気な観葉植物である。珍しく私が好きな植物の一つだ。 「アジアンタムですか。たしかに涼しげでとても素敵なインテリアになると思うのですが育てるのが少々難しく、引越し祝いには適さないかと⋯⋯。似たような植物でエバーフレッシュなんてどうでしょうか」  近くにある鉢を持ってこようとすると、すぐに肩に手をかけられ制止される。 「いやいやいや、これで大丈夫! これを買うわ」 「あ、少し傷んでいるのでこちらと変えましょうか?」 「いや、いいの! 気にしないで!」  もう一度考え直すように言おうと思ったが、お客さんの考えに口を出すのも躊躇われる。 「そうですか、では440円になります。ラッピングはどうしましょう?」 「お願いするわ。出来るだけ高級そうにね」 「承知しました」  レジの奥にある作業台に鉢を持っていき、袋に詰めてリボンを手早くつける。レジに戻り商品とレシート、お釣りを渡す。どことなく嬉々としているようだ。 「ありがとうございました。あ、育て方なのですが——」  私の言葉に彼女は耳を傾けようともせず店を出ていく。一応育て方のメモをラッピングに挟んでおいたので大丈夫だとは思うけど。 ——新築祝いで観葉植物をもらっても、そもそも興味がない人にとってはプレッシャーでしかないだろう。  それに加えてあの傷んだアジアンタムを選ぶ様子。もしかして、姑の嫁いびりのためにわざと選んだのだろうか。  葉がチリチリになったアジアンタムを持って青ざめた顔をした女性がやってくるのはまた別の話。
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