二人目

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二人目

 売れ残って傷んでいる植物に値下げのラベルを貼り付けていく。外を見てみると陰鬱でな雲が空を覆っており、雨の音がザブザブと響いている。  人通りは皆無に等しく、今すぐ閉店しても差し支え無さそうだ。 「この様子じゃ、今日の売り上げは見込めないな」  雨脚は弱まるそぶりを見せず、午後からの勢いをずっと保っている。もう店じまいにしてしまおうかと思った時、慌ただしい足音と共にドアベルの音が鳴った。 「い、いらっしゃいませ」  みるとびしょびしょにスーツを濡らしたサラリーマンがいる。この天気の中では傘は必須だろう。 「すごい雨ですね〜。どうぞゆっくりしていってください」 「ああ、ありがとうございます。いやあ、まさか傘を盗まれてしまうとは」  話を聞くとコンビニに立ち寄った時に傘を盗まれたらしい。迷惑な話だ。 「それは災難でしたね。雨が止むまですこし座っていても大丈夫ですよ。お客さんも今日は多分来ませんし」  丸椅子を出すと、彼はすこし遠慮がちに座った。 「たくさんの植物⋯⋯。これ全部育てているんですか?」  園芸店になんて初めて入ったなぁと呟きながら植物の数に圧巻してるようだ。特にすごいことをしているわけでもないが。 「そうですね。沢山の人に植物を育てる楽しさを教えるのが私たちの仕事ですから」  ここは当たり障りのない謳い文句を笑みを浮かべて言っておこう。 「へえ、それはそれは⋯⋯」  居心地の悪い沈黙が続く。期待とは裏腹に雨の音は先ほどよりも強くなっていた。 「この植物、なんですか? 柔らかくて素敵ですね」  指で葉をツンツンと突いている。 「ああ、それはアジアンタムです。人気の観葉植物なのですが育てるのが少し大変でして⋯⋯」  アジアンタム。その綺麗な葉を長く継続させるのは難しい。彼は「へぇ」と感心したようにそれをジッと見つめていた。 「⋯⋯そろそろ帰ります。雨、止みそうにないですからね」  雨は止まない。これは夜も降り続けるのだろう。彼が苦笑いを浮かべて外に出ようとするので、声をかける。 「よければこれを使ってください。古いので少し汚いですが」  差し出した紺色の傘。生前母が使っていたものだ。 「ありがとうございます。とても助かりました。⋯⋯今度来た時に返しますね。そのときにアジアンタムを一鉢買おうと思います」  そういうと彼は紺色の傘を開き、土砂降りの中を駆けていった。あの傘が開いたのをみるのはいつぶりだろうか。 「さて、と。⋯⋯もう少しだけ店を開けておこうか」  接客する気は起きないが、誰かが雨宿りに来るかもしれない。その時のためにいつも通りの時間に閉店しよう。  チクタクと壁掛け時計の針が動く音が店内に響く。時の流れがアナログ的に、そしてとてもゆっくりに感じられた。
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