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プロローグ
朝、起床と同時に即座にトイレに駆け込み、嘔吐する。なんとも最悪な朝の目覚めである。
春眠暁を覚えずだなんて故事成語があるが、そんなものは大嘘だ。三月の気候でも私は寝付くことはできなかった。
私、西野菜穂は重度の睡眠障害を患っているらしく、深い眠りになかなかつけず、毎朝体調が優れない。
今日も例に漏れず朝からトイレで嘔吐し、胃の内容物を下水道に流し込むとエプロンに着替え、歯を磨き、出勤。
——まあ、出勤といっても"今日は"一階にある園芸店に行くだけなのだけど。
髪は手櫛で少々整え、寝ぼけ眼のまま一階に降りる。今日はそれだけでいいが、いつとは朝は市場に赴き商品を仕入れ、帰ってきたら植物の手入れ、そして陳列。
並べてある観葉植物の土が乾いていたら水をあげて⋯⋯。と、園芸店の店員は水差し片手に優雅な仕事ができるわけではない。
時には質問に答えて、時にはクレームに対応する。こんな面倒なことを母はよく60年も続けたものだ。
漫画家を目指して東京で暮らしていた私もなんやかんやで園芸店『Flos 西野』を継いだ。
「私も早いところ親孝行しておけば良かったな」
時すでに遅し。西野菜穂の母、西野昭恵は数年前にガンに侵され命を落としている。父とは幼い頃に別居したので、生きているかどうかも分からない。
「さてと、今日も一日。頑張りますか」
私は『OPEN』と彫られた小洒落た木製の看板をドアの前に吊るした。
髪を少々手直しし、植物の様子を見回っているときだった。
「⋯⋯あ、やっちゃった」
どうやら乾燥したらしく、アジアンタムたちの葉がチリチリになっていた。それらに処分品のラベルを貼り、枯れた葉を刈り取る。
しばらく店の奥で療養すればまた新芽が生えるだろう。
⋯⋯ズボラな私はこの作業を何度繰り返したことか。
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