ダブルバインド

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 花梨は喘ぐように息をした。慎の舌が口の中を掻き混ぜる。下側に張り込んできた舌は、付け根からぐるりと一周するように動いて、ねっとりと舌に絡んでは、唇で優しく吸い上げ、ちゅるちゅると扱いていく。凄い。熱い。甘い。気持ちいい。頭がジンジン痺れてくる。下腹部の奥がむず痒い。絡み合う舌の動きに合わせて、口からお湯と唾液がとぷとぷ溢れ出る。 「あぅっ、あふっ、あはっ」 「花梨さん……」  慎の声がシャワーの水音に重なる。同時にブラウスのボタンが器用に外されてゆく。 「花梨さん、一度、息をしましょう」 「ハァっ、んぅっ……!」 「ほら……喉を開いて、ゆっくり……」 「あぐっ、んふっ!」  花梨は必死に唇を動かしたが、口腔内に溜まったお湯と慎の舌に阻まれて上手く呼吸ができない。その間も、優しくて意地悪な舌は歯の裏や歯茎を這うようになぞり、口の粘膜を性感帯へと変えてゆく。 「ふあっ、ふんっ、へんへぇっ……!」  呂律の回らない花梨の喘ぎに、慎がクスっと笑った。 「かわいい……」  愛おしげに呟いた慎の唇が、ゆっくりと離れていく。口腔内に溜まったお湯と唾液が唇の端から溢れ、トロトロと流れる様子を見下ろしながら慎が言った。 「口を閉じて……中の……ごっくんしましょうか」 「はふっ……あふっ……」  穏やかに微笑む慎の顔をとろけた瞳で見つめながら、花梨は素直にそっと口を閉じた。唾液交じりのお湯が、唇から溢れる。それを拭き取るように慎が親指でなぞった。優しい微笑が滲む唇が、再び近づいてくる。 「そうです……そのまま……ごっくん……」 「……っ」  花梨は促されるままに口の中の液汁を飲み込んだ。淫らで甘い白湯は、とろりと喉を通っていった。慎の味が微かに残る液が、体内の深い所に落ちていくのを感じると、一気に体が熱くなってゆく。 「……上手にできましたね」 「先生ぇ……熱い……」 「いいえ、まだ体は冷たいです」  湯気でかすむ白い視界に、慎の濡れた笑顔が映っている。既に、ブラウスは脱がされ、身に着けているのはブラだけになっていた。素肌に当たるシャワーの湯が、頭皮を伝って背中を滝のように流れている。けれど、体を温めているのはお湯ではない。  いつのまにかYシャツのボタンを全て外し、筋肉質の胸元をあらわにした慎が、冷えた体を包み込んでいた。触れ合う肌から優しい温かみが滲みてきて、体の内側からジワジワとむず痒い熱が広がっていく。まるでヒナを温める親鳥みたい抱きしめる慎を、花梨は泣きながら見つめ返した。  この温もりが欲しかった。  こうやって抱きしめて欲しかった。  こんなふうに微笑みかけて欲しかった。  健悟の異常な執着心と、メールを送りつけてくる男の存在に挟まれて、高層ビルの屋上に立たされたような心細さだった。少しでも気を緩めたら闇の底に落ちてしまいそうで、自分を必死に叱咤して気丈に振る舞っていたけれど、とっくに限界を超えていた。胸が苦しくて、痛くて、ジクジクと病んでいた。  その痛みを取り除けるのは、1人しかいないのだ。  慎だけなのだ。  花梨はシャワーの湯に濡れた優しい笑顔を陶然と見た。溢れる涙がお湯に流され、頬を伝って胸へと流れてゆく。ドクドクと心が騒がしい。内側で、"もっと欲しい"と叫んでいる。『清楚で可憐』などという偽りの皮を剥ぎ取り、強引に体を裂いて、奥深くまで入ってきて欲しい―――到底口にはできない淫猥な願望が込み上げ、大きく膨らんで抑えきれない。  繋がりたいと叫びたくなる。  乱暴でいいからと訴えたくなる。  いっそ犯してと懇願したくなる。  けれど慎は何一つとして願望を叶えてはくれない。明らかに欲情していて、力任せに風呂場へ連れて来た勢いのまま唇を奪い濃厚なキスを交わしても、その先の一線は決して越えようとしない。今もそう。重なり合う慎の胸からは興奮する心臓の激しい脈動が伝わっている。なのに、背中を撫でる手はブラを外そうともしない。  熱く見下ろす慎の視線には、抱きたいという男の欲望が色濃く感じられる。だが同時に、感情を抑制しようとする硬い気配も滲んでいた。激しく欲情する一方で、その欲望を統制しながら巧みに操っている。慎の愛撫は深くて、優しくて、残酷だ。いいだけ快感を膨らませておきながら、放置するのだから。限界まで熱くさせるくせに、冷ましてはくれないのだから。  背中を撫でていた慎の手が、迷いなく下へ滑り落ちてゆく。肩甲骨から腰へ、腰からスカートのホックへと移り、片手で手際よく外すと、チャックを下げてパンストごと生地をずらす。花梨はゆっくりと降りてくる唇を見つめたまま、手の意志をくみ取って腰を浮かせた。
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