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濡れていても、スカートとパンストはするりと肌から剥がれ、足の爪先を通り抜けた。慎の手に剥ぎ取られた着衣が床に落ち、ズシャっと重い音を響かせる。下着は完全に濡れていて、肌が薄く透けていた。でも、慎の視線は全くブレない。じっと潤んだ瞳を見つめながら、再び唇を重ねてくる。慎の腕に力がこもった。
「まずは、口の中から温めましょうね」
「先生っ……!」
花梨は両手を慎の首に回した。今度は自ら口を開けた。親から餌をもらうヒナ鳥のように、滑り込んできた肉厚の舌を唇でついばむ。その間も大きな手は優しい動きで背中をさすり、脇の下を通って太腿へ向かうと、下に滑り込んだ。
細身に見えたが意外にも慎の体は筋肉質で、腰と太腿をそれぞれ抱えるなり軽々と花梨を持ち上げた。自分の膝の上に乗せると再び両腕で背中を支え、向かい合った花梨のキスを今後は下で受け止める。
「先生っ……もぅっ、温まったからっ」
「まだです……手も、腕も、足も、まだ冷たいです」
少しも取り乱してくれない意地悪な舌に舌を絡ませながら、花梨は慎の肩を掴んで揺さぶった。お腹の奥が疼く。痙攣した吐息がせり上がってくる。奥から喜悦の粘液が染み出し、相手を求めるように自然と腰が動いてしまう。
「れもっ、んぅ……熱ぃ……あふくてっ……とけそぅ……!」
耳元で、慎が小さく笑った。
「溶けそうって、どこが?」
「どうひてっ、そんなっ、イジワルっ、言うのっ……!」
真剣な抗議も、慎はクスクス笑い流した。
「そうですね……確かに、ちょっと、イジワルだったかな……」
「センセっ……早くっ……!」
「早く……何です?」
また意地悪く問い返される。花梨は思わずグーで慎の肩をポカポカ叩いた。触れて欲しいのに触れてもらえない部分がジンジンと熱い。胸の先も、股の先も、どこもかしこも熱い。慈愛に満ちた慎の優しい愛撫は拷問と同じだ。甘やかな痺れは背筋を伝い、全身に広がっている。この甘美な快楽の波に身を任せ、高みに昇りつめたいのに、理性を守る舌も手も一向に導いてくれない。
「なんれっ、聞くのっ……知っへるっ、くせにぃっ」
「……それは……」
フっと笑った慎が、そっと唇を話した。シャワーに濡れた前髪が眼鏡に張り付き奥は見えないけれど、その瞳が熱にうなされているのは感じ取れる。子供をあやすような手つきで、慎が頭を撫でてきた。ほんの少し苦しげな声で、恥じらいながら告げる。
「花梨さんに、もっと、求められたいから」
「……っ」
胸の中で心臓が爆ぜた。あまりに素直で、飾り気のない言葉が心に刺さり、声が出てこない。
「花梨さんに、"先生ぇ……"っておねだりされたいからです」
降参とでも言うように薄く笑いながら、慎が溜息交じりに告白した。
「もっと僕を見て欲しくて、僕のことだけ考えて欲しくて、僕に甘えて欲しいと思ってしまう……困ったものですね。これじゃ、松浦さんと何も変わらない……」
溜息交じりに自嘲して、慎はそっと囁いた。
「僕は、花梨さんを独り占めしたいんです」
心が熱く震えた。慎の想いが嬉しかった。目から自然と涙が零れ落ちる。花梨は慎の頬を撫でながら笑った。
「独り占めって……私はもう、先生だけのものですよ?」
嬉しそうに微笑んだ慎が、何かを言おうと唇を動かした直後だった。突然、どこからともなくポロロンッと大きな音が響いた。
「おっと、溜まったかな」
「え?」
ふと我に返ってみれば、真横の浴槽から白い湯気がもわもわと立ち上っていた。いつの間に操作したのか、浴槽には湯が張られ、温かい蒸気を募らせながら緩やかに波打っている。
「花梨さんはゆっくり体を温めて下さいね」
言って、慎がシャワーを止めた。
「洋服は僕が洗濯しておきますので」
「はっ? えっ、ちょっと先生っ……わっ!?」
再び抱き締められて、花梨は体をビクつかせた。その間にも慎が素早く背中のホックを外してブラを剥ぎ取ってゆく。その流れで優しくパンツも脱がされた。2つとも床に投げ出された着衣の上に落とすや、膝立した慎はまたしても花梨をお姫様だっこしながら軽々と持ち上げ、丁寧に湯舟に沈めていった。
「お湯、熱くないですか?」
「丁度いいですけど……」
なぜか急に恥ずかしくなって、反射的に花梨は胸を両腕で隠した。体育座りするみたいに両膝を曲げながら、穏やかに微笑む慎を見上げた。
「先生、まさか私をここに置き去りにするつもりじゃないですよね?」
困ったように笑っただけで、慎は答えてくれなかった。自分もびしょ濡れだというのに全く頓着せず、たっぷり水分を含んだ花梨の洋服一式をギュっと絞り、それを抱えて浴室を出て行く。
「ちゃんと肩まで浸かって下さいね」
「先生っ」
ニコっと優しい笑顔を浮かべて、慎は浴室の戸を閉めてしまった。すり硝子の扉には衣服を脱いでいる長身の人掛けが映っている。一瞬白くなったのは、おそらく慎がバスタオルを頭から被ったからだろう。数秒後、洗濯機に水が落ちる音が響いた。それと同時に、人影も脱衣所から消える。
花梨は呆然とその様子を眺めていた。あれだけ濃密なキスをして、甘やかに触れ合って、最高潮に興奮していた慎があっさり身を引いてしまったのは、自分の体に魅力がないからなのか。お湯の中に浮かぶちょっぴり小ぶりな胸を見下ろして、花梨は小さく溜息をついた。
思い返せば昨夜もそうだった。車の中で、情熱的に求めてきたと思ったら慎は突然行為をやめてしまった。たぶん、それも全ては病気や妊娠を心配する慎の気遣いなんだろうけれど、時々その誠実さがひどく歯がゆい。
「えっと……温かい飲み物の方が良かったですか?」
「……」
ソファーにちょこんと体育座りながら、花梨は頬を膨らませてそっぽを向いた。目の前では着替えを済ませた慎が、アメリカ式のプロポーズでもするように片膝を床に着き、アイスティーのグラスを持ってしゃがんでいるが、目を合わせてあげない。
「じゃあ、温かい紅茶を淹れてきましょうか?」
「……」
「あのぅ……花梨さん、怒ってます?」
「……」
「どっちに怒ってるんですか? ついキスしてしまったこと? それともお風呂に置いていったこと?」
「……」
慎が深い溜息をついた。
「出て行くしかなかったんですよ……さすがに僕も限界で、我慢できそうになかったから……」
だから我慢しなくていいんですっ、という言葉を花梨は飲み込んだ。誠実な慎にしたら、衝動的に突っ走ってしまったものの、相手が凍え、ましてや避妊の用意もしてないあの状況で、感情に流されるまま抱くなんてことは弱みに付け込むようで嫌だったんだろう。結果、理性を失う前に浴室を離れたらしい。
「花梨さん、お願いですから機嫌直して下さい」
「……」
慎が情けない声で懇願するも、花梨は返事をしてあげなかった。ブカブカのトレーナーとスボンは借り物で、下着も身に着けていないという心許なさはあるが、花梨は精一杯の仏頂面を作って不満を訴えた。少しは投げ出される方の身にもなってもらいたい。心も体も極限まで高ぶったまま湯舟に放置されたのだ。口をきいてあげないぐらいの仕返しは許されるはず。
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