17人が本棚に入れています
本棚に追加
> あなたは誰なの?
返信はすぐに届いた。
> 本当のお前を愛してる男
間髪入れず花梨は問い返した。
> 本当の私って?
数秒の間を置いて、再びメッセージがきた。
> カンパニュラより薔薇が好きなお前
「……ッ!?」
目を見開いて硬直したまま、花梨は絶句した。
> クラシックなんか少しも興味ないお前
> 大胆なミニスカートをはきたいお前
> 優しいセックスに満足できないお前
> メチャクチャに犯して欲しいお前
花梨は震え上がった。
こいつ、狂ってる。
もう反論すらできなかった。誰にも話した事のない密やかな欲望を、なぜ男は知っているのか。
恐怖と混乱で体がすくみ、指が動かない。
> お前が求めてるのは恋愛じゃない
激しい動揺で視界が揺れる。
花梨は息もできずに呆然と男の声を聞いた。
> 認めろ
> お前は愛されたいんじゃない
> 愛したいんだ
既に返す言葉さえ失っている。
花梨は放心しながら画面を眺めた。
> 俺に会いたいか?
凍結した意識を、柔らかい吐息が掠める。
ぼんやりと画面を見つめたまま、花梨は呟いた。
「……会いたい……?」
問われた直後、男の存在感が間近に迫ってきた。それまで実体のない影のようだった男が急に生々しさを帯びて、現実の世界で形を成してゆく。あたかもすぐ後ろにいるみたいに、男の存在感が背後で揺らめいた。
> 俺ならお前を愛してやれる
それはまるで、告白のようだった。
> どんなに淫らな願望も全て叶えてやれる
> 本当のお前を愛してやれる
なぜか、体が熱くなった。
恥辱と怒りとそれ以外の何かが、体を熱く火照らせている。
> 俺を求めろ
どうして拒否できないんだろう。
相手はストーカーなのに。
異常者なのに。
花梨は愕然とした。男に惹きつけられている自分がいる。怖いのに、目を逸せない。その事実が何より辛く、呪わしかった。
> お前を満足させられるのは俺だけだ
メッセージは、そこで途切れた。
その後、いくら待ってもスマホは眠ったままだった。
再び闇に沈んだ寝室で、花梨はしばらくの間スマホを眺めていた。頭の中では、男の言葉が浮き沈みを繰り返している。
この気持ち悪い安らぎは何だろう。
得体の知れない妙な安堵感が、不思議なほど気分を落ち着かせている。
言葉に表せられない奇妙な感覚だった。
胸の奥に封じ込めてきた本音を見破られたことに、心地悪くも爽やかな安心を感じていた。
もう偽らなくていい。
誤魔化さなくていい。
思うがまま、自分の気持ちをさらけ出していいのだという安堵感が、心の殻を溶かしていた。この異常者の前では、どんな美しい仮面を被ってもムダ。いや、必要がない。清楚で可憐な女を演じなくていいのだ。
この男には、ずっと隠してきた本当の自分を知られているのだから……
「……先生……」
自ずと漏れた自分の声に、花梨はハっと我に返った。
それまで濃い霧に覆われていた視界に、慎の優しい笑顔の残像が浮かぶ。悪い夢から覚めたみたいに冷静さを取り戻すと、花梨は脳内にこびりついた男の邪見を振り払うように頭を振った。
どうかしていた。
花梨は深く息を吐いた。
あたかもそこに、男を見出しているようにして闇を睨むと、布団を握り締めながら声を絞り出した。
「違うっ……私はそんな女じゃない……!」
重苦しい花梨の叫びが、静かに闇に溶け込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!