ロスタイムの埋め立て地

11/11

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「今日は何時ごろ帰ってくる? 今晩は、武志さんの好きなハンバーグだよ! 帰宅に合わせて焼き始めるから、帰る時間わかったら教えてねー」  ふっと現実に引き戻された僕は、思わず笑ってしまう。  この時間に帰るよって知らせても、帰ったら「あと5分!」って言ってくるくせに。  だけど今は、あたふた料理を仕上げている由希子の後ろ姿が、自然と目に浮かんでくることに、安堵を覚える自分がいた。  そうか、妻の「あと5分」につき合う時間も、まぎれもなく僕の人生の一片なんだよな。  帰宅予定時刻を返信してから、自宅へ向かう電車に乗り込んで、僕は日常へと戻っていく。  人生を変える出会い? そんなもの、もうとっくに行き当たっていたじゃないか。  「一生のお願い! わたしと水族館に行きませんか?」と迫ってきた、出会って間もない由希子の、可愛いというよりも必死の形相を久しぶりに思い出す。  あのときはまさか、<一生のお願い>がこれから数え切れないほど発動されるとは思いもしなかったけど。  そもそも前触れもなく近寄ってきた由希子の「5分だけ一緒にいられないかな?」という一言が、僕のくだらなくてすばらしい人生の始まりだった。  <5分だけ>という言葉で幕を上げた僕らの付き合いは、5分どころか3年を過ぎても終わりを見せる気配はないし、おそらくこれからも伸びに伸びていくだろう。  5分なんていう刹那が、かすんでしまうぐらいに。  プシューという音とともに最寄り駅に停車した車両から降りた僕が、かけがえのない妻のもとに帰りつくまで、あと5分。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加