ロスタイムの埋め立て地

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 由希子の準備が完了するまで、背広姿で玄関の三和土(たたき)に突っ立ったまま待つ。  「ごめんね、武志(たけし)さん」という妻の軽い謝罪が、場を繋ぐように何度も通り過ぎる。  5分と言いつつ5分で済んだ試しはないが、5分と言われた手前、部屋にあがってくつろぐ気にはなれない。  具体的に告げられた数字に縛られてしまう自分の融通の利かなさに、少し嫌気が差した。  僕はいつもこんなふうに待ってばかりだな、と独り言ちると、さっき退社してきたばかりの職場が、思い浮かんできた。  通信機器を中心に扱う中小企業だが、実体は零細企業に近い労働環境だ。  記念日を重要視する由希子のため今日ばかりはと強引に帰路についたが、退社しようとすると後ろ髪を引いてくる社風は、入社時から変わらない。 「おう吉原(よしはら)。君がやりかけてる仕事、終わるまであと少しじゃない。あと5分ぐらいやって帰ってよ。残業代は出ないけど」  退社の打刻をした途端、後ろから課長が言い放ってくる。口車に乗せられてきりの良いところまで業務を終わらせるが、もちろん5分どころでは済まない。当たり前のことだ。  5分で片付く残量なら、細かい時間が気になる質の僕でもさすがにやり終えて退社する。  5分で済まないことをわかっているから課長は、退勤処理を終えた瞬間を見計らって声をかけてくるのだ。  年間の勤務時間は所定の枠を大幅に超えているが、システム上は退勤しているので勤怠には反映されない。  毎月発行される給料明細は残業代なしのスカスカのホワイトだけど、サービス残業が常態化した勤務の実態はブラックそのものだ。
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