ロスタイムの埋め立て地

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 日付が変わって今朝、会社に行くため玄関の扉に手をかけたとき、由希子はいつも通りまだ布団の中だった。  朝に弱いながら新婚当初は一緒に起床して、食パンを焼いただけであっても朝食を用意してくれていた。  けれども一年を待たずして、「行ってくるよ」という僕の声で寝床から這い出してきて、寝ぼけ眼のまま玄関口で僕を送り出すようになった。  今では寝室の隣のキッチンで、僕が自分でベーコンエッグを焼いたフライパンをガチャガチャと音をさせて洗っても、爆睡を続けている。  夜になって「あと5分」と懇願するならば、その分早く起きて行動を開始すればいいのだ。5分と言わず10分でも1時間でも。  結局昨日は、由希子が化粧を終えてからも靴を選ぶのに何分かを要し、レストランに到着したのは、予約した時刻ぎりぎりだった。  「間に合ってよかったね」と由希子は笑っていたが、こういう洒落込んだディナーなんかは、時間に余裕をもって到着し、ゆとりある心で楽しむものだ。  駅から店まで小走りにならざるを得ず、汗ばんだ体が高級感のある店内に不釣り合いこの上なかった。  身にまとわりつく苛立ちを振り払って、今日も業務を進めていく。  3年経って板についてきた家庭生活と同様、結婚前に転職した会社での職務にも目新しさはなくなった。  頑張ったところで、どうせ終業間際に追加の仕事を割り振られることはわかりきっている。自然と、昼間は惰性で過ごすのが日常になってしまった。  会社も(こす)いが、僕自身も同じぐらいくだらない。  そんな自己嫌悪に陥っていたからだろうか、昼休みにスマホで見かけたネット記事が、僕の脳内に残って消えようとしなかった。
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