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近くまで寄ってみると、それはプラモデルだった。
それも、僕がいつか自分の手で組み立ててみたいとかねて思っていた戦闘機シリーズの、一番手間がかかる機体。
付き合いたての頃、ショッピングモールのイベント広場で、プラモデルが展示されている前を通りかかったことがあった。
それを見た由希子が「こういうのって組み立てるの、とんでもない時間がかかるよね。暇な人もいるんだなぁ」と呟いたのを聞いて以来、密かに興味を持っていることを言い出せずにいたのだ。
小さな戦闘機は、古びた塗装がなされているものの、完成して間もないことがわかる。
隅々まで接着剤のはみ出しも見られず、時間をかけて細心の注意をもって組み立てられていることは窺い知れたし、戦闘中を演出するための意図的なひっかき傷や絵の具の色使いなど、緻密に計算し尽くされた演出のこだわりを感じさせた。
まさに、自分が作るならこんなふうにしたい、と思い描いてきた夢のプラモデルが、そのまま具現化したような作品だった。
根拠はないが直感する。これは、他でもない“僕”が組み立てたプラモデルだ。
妻や会社に自由な時間を搾取されてこなかった理想的な“僕”が、余暇を使って作り上げたのだ。
そんな絡繰りを見抜いても、手前味噌と言ってよいのかはわからないが、改めて惚れ惚れとしてしまう。
これほどの物を、自らの手で作り出した“僕”の達成感が、どれほどのものだったかは想像に難くない。
その重厚な手触りを確かめてみたくなって、僕は手を差し出した。けれどもおかしなことに、伸ばした僕の手は空気を掻くばかりで、プラモデルにいつまでも行き当たらない。
すぐそこに見えているのに、まるで片目をつぶっていて距離感がつかめないときのような感覚だ。
今の自堕落な僕の分際では、手に触れるのも烏滸がましい、そう言われているような気がした。
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