ロスタイムの埋め立て地

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 動揺のあまり宙を仰ぐと、何歩か先に長方形の白いカードが落ちているのが見えた。  まさか、と思いながら駆け寄ると、それは総合無線通信士の資格の免状だった。資格者の欄に「吉原武志」と、僕の氏名が載っている。  勤めている通信機器会社で張り合いのないやらされ仕事をこなす日々を抜け出すなら、専門知識や技術を証明する資格を取得すればいい。  そんなことを夢のように思ったことが何度もあった。  しかしそのたびに、まとまった時間がないと勉強もできないしなぁと諦めていたのだ。  目の前に落ちている免状は、吹きっさらしの空き地に放置されていたのが嘘のように光沢を放っていて、傷も汚れも見当たらない。  驚くことに、最上級の難易度である総合無線通信士の第一級に合格したことが記されている。  この資格を得るにはモールス信号まで網羅しなければいけないというのに、自分の時間を有効に使い切った場合の“僕”が、やってのけたというのか。  その向こうには、20キログラムのダンベルが落ちていた。  豪奢なつくりだが、汗を吸ったのか全体的に角が取れた丸みを思わせる。使いこまれているようだ。  結婚後、迫りくる三十路に慌てて、筋トレを始めたことを思い出した。  鍛えるごとに負荷の強いものへと買い替える予定で、まず購入した5キログラムのダンベルは今、僕の部屋の隅でオブジェと化している。  一時期は毎日こなしていたトレーニングも、仕事が忙しい中で時間と体力を捻出するのがだんだん億劫になり、一か月ほどで断念。それっきりだった。  20キログラムのダンベルを使いこなせるようになるまで、どれほどの時間を“僕”は費やしたのだろう。
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