ロスタイムの埋め立て地

9/11

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 他にも、様々な物たちと対面することになった。  僕の生きなかった時間を生きた“僕”が、どうしようもなく輝いていることを示す代物ばかりだった。  失ってきたものの集大成が、思った以上に強大であることを思い知り、脳天を打つような痺れが僕の頭を駆け巡って止まなかった。  同時に思い知らされる。この充実した“僕”は、僕であって僕ではない。その証拠に、どの物体も決して今の僕にその身を触らせようとはしなかった。  達成したはずの功績も、失った時間そのものも、取り戻すことはかなわないのだ。  うなだれた僕の前に、一枚の紙切れが舞い降りてきた。白地に黒一色だけで刷られた無骨な葉書きだ。  今度は、“僕”のどんな栄光の跡を垣間見せるというのか。  着地した葉書きをおそるおそる覗き込んだ僕は、文字列の一行目に度肝を抜かれた。 『吉原武志 逝去のお知らせ』  これは僕の葬儀の案内状だ。差出人は実家の父親。隣県のある場所で事故に遭い死んだ、と記されている。  この場所は……、僕の会社の花形部署、「戦略事務所」の住所だ。  ちょうど先月、異例の出世で戦略事務所に異動することになった先輩のため、送迎会を開く関係で確認したから覚えている。  うろたえた僕は、もう一人の“僕”の所有物には触れることができないということも忘れ、葬儀の案内状を拾い上げようとした。  手が届く直前になって、触れないということを思い出したが、同時に僕の手は、紙のざらざらとした感触を確かめた。  なぜか、これだけは今の僕でも手に取ることができるらしい。  あれっと思う間もなく僕の頭に、何人もの人間の声という声が集約されたざわめきの渦が、一気に流れ込んできた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加