2226人が本棚に入れています
本棚に追加
ぴちぴちという音に混じって、由良さんの足音が聞こえてくる。
振り向いた先、彼が俺を見て驚いたような表情を浮かべていた。
…あれ、由良さんホットケーキ嫌いだったっけ…。
「おはようございます、由良さん。あの、すみません。ホットケーキ嫌でし…わっ!!」
ゆっくりと彼が近づいてきて、突然後ろから抱きしめられた。
思わず変な声が漏れる。
フライパンから手を離していてよかった。万が一由良さんが火傷をしてしまったらと考えると恐ろしい。
しかしどうして突然抱きしめられたのだろうか。
身体が熱くてどうにかなってしまいそうだ。このたくましい身体に抱きしめられるとき、俺はいつも幸せで苦しい。
「あ、の…。」
何も言わないまま腕に力を込めてくる彼に、痺れを切らして尋ねてみる。
これ以上このままでいると心臓が壊れてしまいそうで。
「…ごめん、つい。…嬉しくて。」
由良さんが俺から手を離し、じっと俺の瞳を覗く。
柔らかに細められた紫紺の瞳はどこまでも優しく温かい。
…それにしても何か焦げているような匂いが…。
そうだ、ホットケーキ!!
慌ててお皿を取り出し乗せ、ギリギリ焦げ茶色に留めることができた。
「せ、せーふ…。」
くすり、と由良さんの方から笑い声が聞こえる。
「やっぱり幹斗君は、その方がいいな。」
「えっ?」
「…なんでもない。」
そのまま不意打ちで唇を奪われ、固まっていると悪戯っぽく微笑まれた。
格好良すぎてずるい。
…けど。
「おかえりなさい、由良さん。」
泣きそうなくらいに幸せだと思ったら、ふとそう言いたくなった。
そういえばこんな朝を過ごしたのは1ヶ月と4日ぶりで。
「ただいま。」
凛とした低い声が鼓膜を震わせたかと思うと、もう一度唇を奪われる。
互いの熱を交換するような口づけ。
舌を挿入するためにこじ開けられた唇から心臓が飛び出てしまうんじゃないかって、そう思うくらいに激しくて気持ち良くて。
なのにその熱の優しさに、どこか安心する自分がいた。
最初のコメントを投稿しよう!