プロローグ~出会い~

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プロローグ~出会い~

 四月も終わろうというのに、真冬のように風が冷たかったことを覚えている。  雪の精が、服に守られていない素肌をチクチクと刺すような、あの寒さだ。  その日、僕は一人で、森の奥にある守神さまをまつった碑へ、お酒や食べ物をお供えに来ていた。  そこは、小さなころからポルテ村の人たちと一緒に来ていた場所だ。  僕は、いつものように木でできた階段を一段抜かしで登った。  見慣れた階段を登り切ると、そこには木漏れ日の射し込む、お気に入りの景色が広がっているはずだった。 「なんだ、これ……」  十以上ある碑の最奥。  そこは、開けたばかりの絵の具が飛び散ったかのように、赤く染まっていた。 「ひどい……」  いつもならお酒が供えてあるはずの碑が、ひどく汚されている。  いたずらにしてはやりすぎだと思いながら、僕は辺りを見回した。  それが血であることは、匂いですぐに分かった。  生きるために鶏や羊の命をいただく、それは僕たち村人にとっては必要な儀式だから。  でも、これは明らかに違う。  碑の裏側の茂みに向かって、血は延々と続いていた。    そこに――君はいた。  口や腹が血まみれになり、横たわっている一匹の白い獣。  犬?   いや、オオカミだ。  小さなころから、森でたくさんの動物と出会ってきた。  白いオオカミを村の近くで見かけたことはない。しかし、僕はそう確信した。  そして、なんとなく動物の気持ちが分かる、そんな不思議な経験をいくつもしてきた。  だから、怖いという感覚は全くなかった。  助けたい。  ただ、そう思った。  近付いて、全身の様子を確かめる。  喉元はやられていない。微かに腹部が上下している。  生きている!  僕は迷わずオオカミに手を伸ばし、まだ白く美しいその背中に触れた。  助けたい、そう願いながら。 「その子を助けて……お願い、メル」  あたたかな青い光と共に、誰かの声が聞こえたような気がした。  瞬間、風の冷たさも、赤く染まった目の前の光景も無になった。  そして、その声とは違う何かが、無表情に頭の中へ語りかけてくる。 「バインド……完了」  体力が急激に奪われる。  僕は、意識が遠退いていくのを感じた。  それは、十五年間生きてきて、初めての感覚だった。  いや、思い出した。  幼いころ川で溺れたときのように、それは、ひどく心地良いものだった。
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