あの夏

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 あの夏から、長い長い年月が流れました。  別れの日、初めて手を握り、初めて、口づけを交わしましたね。初めてで、たった一度。あなたとの、ひと夏の思い出となりました。  あなたとお別れしたあの夏から、長い月日が経ちました。  私は結婚し子供を産み、孫にたくさん囲まれる人生を送りました。 『幸せになってください。僕の分まで。僕はあなたに会えて幸せでしたから』  見てくださっていましたか? あなたとの約束、私は守りましたよ。 「おばあちゃん、凄く幸せそうな顔」 「うん、普通に眠っているみたい」  92歳の女性は今、静かに息を引き取ろうとしていた。 「おばあちゃんは幸せな人生だったかな」 「お母さんは幸せだったと思う。だっていつも、私は幸せだよ、って少女みたいな顔して言ってたもの」  家族は女性の手を取った。 「優しい優しいおばあちゃん。ありがとう」  女性は戦地に赴き散った初恋の君に話しかけた。  見てますか、あなた。私は幸せに生きました。
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