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◆ 美しい鳥かご
島と言っても池の中なので小さいものだ。周囲を歩いても、きっと3分もかからない。柳に似た木や、白い花を咲かせた木が植えられている、
小さな船着き場で華舟から降りると、誰も操作していないのにゆっくりと白い華が離れていく。
「自動運転なんですか?」
「自動運転? その言葉が何かわかりませんが、華舟は人が降り荷物が空になると船着き場に戻ります。留めておく場合は、操作管に札を掛けておきます」
「乗りたい時はどうするのですか?」
「私に言って頂ければ、すぐに華舟をお呼び致します」
便利だと思ったけれど、実は不便かもしれない。いちいちお願いして呼んでもらわないと乗れないのか。
ここを抜け出して、リョウメイがいる寝所へ行こうと思っても、池の水の色は泳ぎたいとは絶対思わないくらいに濁っている。緑色だから藻の一種なのだろう。
気を取り直して、小さな建物を見上げる。
「……本当に鳥かごみたい……」
木造の建物は、華奢な装飾が施されていて美しい。窓には複雑な紋様状の格子。美しい木の扉を開けると石畳と木の床が広がっている。この国では土や石の上は靴で、木の床の上では靴を脱ぐ。
「靴をお預かりします」
「靴箱があるなら自分で片づけます。どこにありますか?」
「それは……」
言葉を濁したユーエンに質問し続けると、この宮から妃が逃げるのを防ぐ為に靴は隠してしまうのだと白状した。
「え……それって、監禁じゃない……」
「か、か、か、か、か、監禁!? ……そ、そう、ですね……」
被り布のおかげで表情が見えないけれど、ユーエンがうろたえているのがわかる。少し意地悪過ぎたかもしれない。
逃げないようにするということは、逃げたいと思う妃もいるということだ。もしかしたら、他の妃は嫌だと思っているかもしれない。
動揺し続けるユーエンから靴の隠し場所を聞き出して、自分で靴を片付けた。
「大丈夫、私は逃げません。……リョウメイのお嫁さんになるんです」
リョウメイは他の4人が妃になっても、きっと私だけと思ってくれるはずだ。3年間、毎日一緒に過ごして来た信頼がある。髪に挿した簪に触れながら、私はユーエンに微笑んだ。
白月宮は二階建て。一階には衣装部屋と浴室。奥には小さな厨房。二階は広い居間と寝室がある。
衣装部屋は木の棚と引き出しが床から天井まで作られている。まだ何もない状態だ。
白い大理石で出来た浴室の中には広い湯船。大人3人が余裕で入れる広さだ。村の小さな湯船とは比べようもない。
「うわー。綺麗ー」
「すぐに入ることもできますよ」
ユーエンはそう言って、湯船の金属パイプのフタを開ける。熱めのお湯が数秒でみるみるうちに溜まった。
「え? どうして? 火で沸かすんじゃないの?」
村では大きな鉄釜でお湯を沸かして、桶で湯船に運んでいた。一瞬でお湯が溜められるなんて、元の世界でもなかなか無い設備だ。帝都では平民の家にもあると聞いて驚くしかない。
「このフタを開ければお湯が出ます。こちらは水です」
仕組みはよくわからないけれど、いつでもお風呂に入れるのは嬉しい。
勧められるままにお風呂に入ることにした。脱衣所で服を脱いで下着姿になると、ユーエンがうろたえ始める。
「あの……何か?」
「あ、いえ、その……あの……き、着替えを用意してきます!」
叫んだユーエンが、物凄い速さで脱衣所から姿を消した。
「……えーっと?」
突然取り残されて驚きつつも、ゆっくりお湯に浸かることにした。
お風呂から上がって髪を乾かしてから、ユーエンに手伝ってもらって深衣を着用する。
「可愛いー」
絹でできた深衣は落ち着いた淡いピンクの花模様。濃いピンクで縁取りされている。村では生成か灰色、茶色、草木染めの優しい色の服が多かった。婚礼衣装の赤以外では、はっきりとした色はない。濃い色の染料は物凄く高い。
等身大の大きな鏡も、この世界で初めて見た。両端に歪みはあるものの、元の世界の物と遜色ない。
鏡の前でくるりと回ると、ふわりと裾が広がる。この服なら蝶の簪も似合う。
「よくお似合いです。可愛らしいです」
ユーエンの声は優しくて、表情が見えないのが寂しい。
すっきりとした所で、厨房や、お手洗い、その他の設備をみて回る。食糧庫もあるのに、侍女の部屋がない。
「ユーエンはどこで寝るのですか?」
寝室には大人が3人は眠れそうな大きな寝台が一つのみだ。言葉を濁し続けるユーエンをまた問い詰めると、侍女は全員階段の上り口、玄関の木の床に布団を敷くと白状した。
侍女が10名を超える宮もあり、石畳に寝る場合もあると聞いて耳を疑う。
「もしかして……これも妃が逃げないようにってことですか?」
そうだとしても、いくら何でも廊下で寝るようなものだ。私は絶対に逃げないからと、居間に布団を敷いて眠るようにと説得した。
「この宮の中では被り布は無しでいいですよ」
素直な人なのか、被り布があっても動揺していたりするのは分かる。できれば目を見て話したい。粘り強く説得して、ようやくユーエンは被り布を外した。
「うわ……美人!」
赤銅色の長い髪に翡翠色の切れ長の瞳。凛々しい美人だ。装飾品は左耳に金のイヤーカフが一つだけ。詰襟の服の上にクリーム色の深衣の組み合せがすっきりとした印象を高めている。これだけの美形が身長や声で不美人になってしまうなんて、とんでもない世界だ。
「この世界の貴族って、絶対に損してると思う!」
異世界だから美の基準が違うと頭では理解できるけれど、理不尽さに腹が立つ。怒る私をユーエンは苦笑しながら見守ってくれていた。
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