◇ 寂しい婚姻式

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◇ 寂しい婚姻式

 早朝から戴冠式と婚姻式が始まった。青月妃から順番に皇帝と儀式に臨む。それぞれ個別に行われるので、妃が顔を合わせる機会は無い。見届ける貴族たちは夜まで続く儀式に耐えると聞いて、他人事ながら大変だと思う。  白月妃との儀式は昼過ぎに行われる。婚礼衣装で華舟に乗り、皇帝に迎えられて一緒に王宮の儀式の間へと入る予定だ。代々の皇帝の霊廟には皇帝と青月妃だけが即位と婚姻の報告に向かう。  ユーエンは昨日から様子がおかしい。何か言い掛けては何でもないと言い、少し寂し気に微笑む。婚礼衣装を私に着せながら、取られてしまうようで寂しいと呟いた。ユーエンはきっと、私を妹のように思ってくれているのだろう。  華舟に乗っている間、ユーエンは綺麗だとあらゆる言い回しで褒め続けた。私は緊張と期待で謙遜する余裕もなく、ただ言葉を受け取るだけだ。  ユーエンに手を引かれ、ゆっくりと王宮の板張りの廊下を進む。婚礼用に敷かれた青色の絨毯は美しい海のような色だ。 「私が案内できるのはここまでです」  微笑むユーエンが強く手を握る。細身の男性のような手は、あちこちが硬い。侍女は重い物を運ぶことが多いから、きっと働き者の手だ。今は被り布をしているから、目の表情は見えない。 「ありがとうございます。すぐに戻ります」  婚姻式は短い。終わった後は白月宮に戻ることになる。手を握り返すとユーエンの手が離れ、私は控えの部屋へと入った。  控えの部屋には、立派な装束を着たリョウメイが待っていた。久しぶりに顔を見ることができて嬉しくて仕方ない。やっと会えたと走って抱き着きたいのに、豪華で重い衣装が邪魔をする。  教えられていた通りに頭を下げる。扉の横に立っている男性が、私の名前と出自を紹介する。通常、延々と詩を朗読するように幼少時からの出来事を語るので時間が掛かるらしい。私の場合はあっさりと終わった。  頭を下げながら、優しい笑顔のリョウメイが変わっていないと確認できて、ほっとしていた。金の飾りが揺れる冠。鳳凰に似た青い鳥が織り込まれた五色の金襴の上着、花模様が織り込まれた黒い裾を引く姿は、正直に言えば似合っていない。借りてきた服を着ているようだ。  もしも周囲に人がいなければ、こんな豪華な服は僕に似合わないよと笑うだろう。 「カズハ!」  私が顔を上げるとリョウメイの顔が輝いた。重そうな衣装で駆け寄ってきたリョウメイが私を抱きしめると、控えていた人々が慌てて引き離す。 「カズハ、こんなことになってごめん。僕はカズハだけだから」  リョウメイが私の手を握る。ひやりとした体温に驚いていると指を絡められた。村では鍬を持っていた手はごつごつとしたままだ。私が籠を編むための竹を割ってくれた手でもある。  ああ、リョウメイは本当に変わっていない。私は心から安堵する。離れていた4箇月の寂しさが溶けて消えていく。  妃教育の中で皇帝の毎日の公務の多さを学んだ。神と先祖を祀る儀式、臣下との朝議や政治の決済、夜に寝所に入るまで皇帝は休息を取る時間はない。  皇帝は毎夜後宮へ訪れて、その疲れを癒すのだと聞いた。婚姻式が終わればリョウメイと毎日会うことができる。 「大丈夫。私もリョウメイだけだから」  私が微笑むとリョウメイの笑顔が輝いた。繋いだ手が徐々に温かくなっていく。私の体温がリョウメイを温めたのなら嬉しい。  すぐに儀式の間に案内され、1000名以上の貴族の前での婚姻式が始まる。多すぎる視線に怯むとリョウメイが大丈夫だと言うように、しっかりと手を握ってくれた。  荘厳な儀式が静寂の中で進む中、結局はその言葉だけしか交わせなかった。それでも胸が温かい。リョウメイから婚姻の腕輪を左腕に嵌められて深く礼をして終わり。キスも抱き合うこともできない。  白い月長石(ムーンストーン)の腕輪が冷やりとした温度で高揚感を抑え込んでいく。  視線をあげればリョウメイの悲し気な表情にぶつかった。このまま私は退出し、後宮で皇帝の訪れを待つことになる。 「……カズハ……」  リョウメイが私の手を引いて抱き寄せた。儀式にない行動に周囲がざわめく。 「リョウメイ様、なりません。正しい行いをなさいますよう」  キスをしようとしたリョウメイを制したのは、後ろに控えていた金髪に緑の瞳の老年の男性だった。鉄紺色の装束は貴族としての位の高さを示している。 「……わかった」  そっと手が離された。皇帝なのに少しの自由も認められない。そんな現実を目の当たりにして、私は衝撃を受けていた。  悲し気なリョウメイと視線をかわしながら、私は予定通りに広間から退出した。
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