◆ 作られた歴史

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◆ 作られた歴史

 最初の夜は青月宮に皇帝が訪れる。翌日は黄月宮……と、順番に回ることになっているのに婚姻式から5日が過ぎても皇帝来訪の知らせを告げる使者が来ない。 「……皇帝は青月宮にしか訪れていないそうです」  そわそわと窓の外ばかりを気にする私にユーエンが告げた。 「どういうことですか?」  婚姻式以降、皇帝は毎日青月宮に通っていて、他の月妃たちも困惑しているらしい。 「最初に一巡して、それ以降は皇帝の自由になると聞いているのですが」  私が受けた説明とは違う。リョウメイが他の女と夜を過ごすのは嫌だけど、最初を我慢すれば、あとは毎日会えると思っていた。  10日が過ぎてもリョウメイは白月宮には訪れない。慣習を破り、青月宮に毎日通っているという。私は不安で堪らなかった。左腕の月長石で出来た婚姻の腕輪を撫でながら、窓の外を眺める。  リョウメイは私だけだと言ってくれていた。あの貴族が邪魔をしているのかもしれない。腹が立つけれど、どうしようもない。私には、ここで待つことしかできない。  何度も溜息を零す私を、ユーエンが心配気な表情で見つめていた。  白月宮は不思議な建物だ。様々な設備が魔法石によって運用されている。よく考えれば、元の世界で当たり前に使っていた物――水道や電気、ガスも魔法のような物だ。  魔法石によって室内温度を一定に保たれていても、春先の寒さが窓枠に腰かける私を冷やす。ユーエンは私に温かい上着を着せ、飲まなくてもいいからと温かい花茶が入った茶碗を手渡す。  茶碗が指先を温めていく。独特の青い色は、体を温める効能がある薬茶だ。青い色を見ている内に、ふと疑問が湧いた。 「先代の青月妃は今、どこにいらっしゃるのでしょうか」  私の問いに珍しくユーエンが言葉に詰まる。お妃教育の際にも、教師は答えをはぐらかした。 「……先の皇帝と皇子が崩御された際に毒を飲んで自決されました」 「え?」  まさか皇帝の後を追うのが決まりなのだろうか。 「そのような慣習はありません。ただ、代々の青月妃は皇帝を愛するあまりに後を追われる方が多いと聞いております」  先代の青月妃は皇帝と皇子の葬儀を終えて霊廟に髪を納めた後に自決した。自分の葬儀は省略で良いと書き残していたという。 「……あの……皇帝が崩御された場合、後宮はどうなるのですか?」 「解散になります。月妃の方々は身籠っていないことを確認した後、ご実家にお戻りになるか、臣下に降嫁されることもあります」  皇帝の母となり国母と呼ばれる者は、解散後も王宮で暮らすことが許される。貴族たちから非常な敬意を持って崇められる存在になり、皇帝と同等、もしくはそれ以上の権力を持つことも可能だ。  皇帝になれなかった皇子は臣下に降り、皇女は降嫁する。侍従長や侍女長も役職を解かれ、新しい者に替わる。国母以外をすべてリセットして新しい皇帝を迎えるのは、過剰な権力を持たせないことが目的らしい。お妃教育の教師が教えてくれなかった理由がわかった気がする。 「それでは……リョウメイのお母様が国母に?」 「いえ。今回は特例が適用され、先代の青月妃の皇子として記録されます」 「遥か未来の研究者が苦労しそうですね。家系図に突然書き加えられてしまうのですか?」 「皇帝が替わる度に家系図はすべて刷新され、古い物は焼かれます」 「えっ!? それじゃあ、ねつ造し放題じゃない? 歴史の重みとかそういうのはないの?」  驚きのあまりため口になってしまった。慌てて口を閉じる。 「……申し上げにくいことですが、この国では歴史は作る物であり、物語と同等なのです」  過去を都合よく書き換えられていても、検証しようがない。今、目の前にある記録が正史になる。唯一、代々の皇帝に受け継がれている最初の皇帝が書き記した巻物だけが、誰にも書き換えられずに残っているのみだ。 「貴族や国民の誰かが記録を残していたら、矛盾が生じますよね? 外国の使節もいますよね?」  意味がわからない。自国の歴史は都合よく書き換えることができても、外国で記された歴史は変えられない。 「王宮で作られた物だけがこの国の歴史です。他者が何を言おうとも揺ぎ無く、皇帝の力で侵略者を退けながら800年続いて来ました。それがこの国です」 「……ユーエンはこの国の人ではないのですか?」  誇らしいと思っているようには聞こえない。まるで他人事のように話すのが気になった。 「……この国の人間です」  ユーエンは、何故か寂しげに微笑んだ。
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