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「こんにちは〜 メテオ会いたかったよ〜」
飛び込んできたのは輝くストロベリーブロンドに菫色の瞳の美少年。
そしてその後ろからは艶やかな黒髪に海原のように青い瞳、目元に涙ボクロのある色っぽい男。そして隆々とした筋肉が二の腕から覗くいかにも軍人か兵士いった風貌なのに貴族風のジャケットを着た大男と、やたらに派手な三人連れがやってきた。
金髪の美少年は早速ランを押しのけ、メテオの腕にすがり細く滑らかな腕を、これみよがしに絡ませた。
「ちょうどよかった。早速作業するから準備してくる。そこで待っていてくれ」
「わかったぁ」
バサバサの長いまつげと世にもまれな菫色の瞳であざとい上目遣いにメテオをみると、甘い声で返事をしている。
メテオが奥の工房に引っ込むとピアは先程のしなは何処へやら、急にしゃんと背筋を伸ばして上からランを睨み付けた。
「ラン臭い! また香水つけすぎてる! 香水店の売り子にあるまじき行為だよ」
「そうかな? いい香りだと思ったけど……」
ランはいちいち絡んでくるこのピアが大の苦手だ。
闊達で物おじせず、見た目も輝くばかりの容姿をしていて、アルファはおろかベータからも引く手あまたのモテモテぶりらしい。治安の良いハレへの街でもその人気から独り歩きすると危ないからとわざわざ館から同行者がつくほどだ。
ランとピアはごくごく小さい頃は香水の原料となる植物を育てているオメガたちの農園で、それなりに仲良く暮らしていたのだが、ランが正式にアスター家の養子になると、ピアからの当たりがどんどん強くなってきた。
「ランさあ、まだ発情期来てないんでしょ? もういいかげん農園に戻りなよ。発情期きたら、メテオと一緒にはいられなくなるんだからさあ」
多分大好きなメテオと一緒にいられるのが羨ましいのだろうと思うが、ピアのようにメテオに自然に沢山甘えられるのはランはむしろ羨ましい。兄弟ではあるが、兄と仕事をし始めたこの一年は努めて適度な距離感を持ち兄に甘え過ぎないように自分を律してきた。
そしてピアのことが更に羨ましいのは……。
「僕、ついにプレ発情期きたからメテオにオメガの香水作ってもらえるんだ〜。この間発熱が一週間あったからいよいよだっていうし〜 メテオのアルファフェロモンで誘発してもらったらすぐ発情しちゃうかも♡ そしたら番になっちゃうかもね!」
そんな風に勝ち誇るピアのきらっきらした金色の頭に、後ろからほっそりと白い手が伸びてゴツンとゲンコツが落ちた。
「そうならないために抑制剤をもって、私たちがいるんだろうが」
「ソフィアリ様」
流石のピアも頬を膨らませつつも、この街の領主である彼には逆らえず文句を引っ込める。
ソフィアリの長く艶やかな黒髪がさらっと肩から滑り落ちる。彼はそれを豪快に後ろにはらうと、背後に控えていた大柄というより筋骨隆々としすぎた屈強な男に声をかける。
「ラグ、ピアと中に入って」
黒髪の小山のように大きな男は頷き、ピアをひょいっと掴みあげるようにして工房の方に入っていった。
「ソフィアリ様、ごきげんよう。今日も午前中、紫の小瓶が売れましたよ。相変わらずのうちの人気商品です!」
ピアとは違い、多忙を極める大好きなソフィアリの久しぶりの来店は大歓迎だ。彼はこのハレヘの街の若き領主で、先ほどの大男は彼の番で夫のラグだ。
ランも農園やアスターの屋敷で暮らしていたまだ幼い頃は、隣の領主の館にいってはソフィアリやラグによく構ってもらっていた。
ソフィアリはその妖艶な美貌からは想像もできないほどやり手の領主だ。
ランが生まれる前、彼が領主になりたての頃は彼がオメガであることで他の地域からやっかまれたり嫌がらせを受けたこともあったらしい。
しかし今かれは名実ともに国を代表する保養地にこの地を育て上げた。そんな彼がオメガであることを今さらあげつらう野暮なものは今この国にはいないだろう。
彼は今のランより若い頃、故あって中央貴族の身でありながら身体一つで温暖なこの地に領主としてやってきた。
彼が農園近くにあったかつての領主の別邸を改装し、発情期のオメガたちを匿う施設をつくりそこに自らも住まっているため、オメガ館の主とも呼ばれている。
オメガの地位向上のため働くメテオの父とも懇意であり、彼に自身のフェロモンのノートから香水を作らせ、それが中央でも大人気となったのだ。それが近年まで長く続くオメガ香水の人気を支えているのだ。
彼のフェロモンは『紫の小瓶』の愛称で国の内外で親しまれる香水となっていた。
ユニセックスで清廉たる力をひめながら、何故かあとを引くめくるめく良い香りなのだ。カリスマ的な人気を誇るソフィアリ本人に相応しい、憧れの香り。
しかしもちろん今はその香りは香水でしか偲ぶことはできない。彼には先程の軍人上がりの屈強な番がいるのだから。
「ラン、ピアの言うことも一理あると私も思うよ。発情期に番でないアルファとオメガは一緒にはいられない。アスター老師もメテオに番を持つことを禁じているのだから、店に出るのはともかく、住まいはこちらに戻るといい。お前の身は館で預かろう」
小柄な者が多いオメガの中でもソフィアリはスラリと背が高く、その姿はどちらかといえばアルファにみえなくもない。
深い青い瞳は理知的な光を宿し、しかし醸し出す妖しいまでの色香はオメガのそれだ。じっと見つめられると小さなころから彼を知るランでもドキドキとしてしまう。
敬愛し、尊敬するソフィアリからの助言はありがたかったが、メテオと番にはなれなくてもランはこれまで通り傍にいたかった。兄弟のままでもその絆だけでも繫がっていられると信じているのだ。
「僕、まだ発情期きてないから…… それまでは兄さんと一緒にいたい。お店にでて、これからも一緒にお仕事もしたいし……」
健気にそう言い、朝焼けのように鮮やかな色の瞳を涙で潤ませるランに、ソフィアリは秀麗な顔に複雑な笑みを浮かべた。
「それに僕は香水を作ってもらえてないし、兄さんにとっては、まだまだ半人前……。番になんてなれるはずない……」
そういうと香水瓶など小間物を売っているコーナーに引っ込んでしまった。
その様子にため息をつくソフィアリだ。
「あいつがランの香水を作らない理由なんて一つだけなのだけどなあ」
アスターの店の香水の新作は中央のアルファたちの間でも毎回人気なのだ。
たまらなく心惹かれる香りの主を求めて遥々この他にその香りのモデルとなったオメガを求めてやってくるものも多い。そして本当にそのオメガと番になることもあるのだ。お互いの香りに惹かれるほど強いつながりを持つアルファとオメガは、相性が良いと言われているのもそのためだった。
そんな危険を冒してまで、最愛の弟の香りをわざわざ世界に知らしめるような真似をあの周到な兄がするとは思えない。
ランの実の母親のオメガの香水はランにはそれと知らされていないが、老アスターが感銘を受け、コレクションしている秘蔵の香りとされている。
その子であるランの香りも人の心を打ち惑わすような魅力を秘めていると言えなくもない。
メテオにも老アスターにも、そしてソフィアリからも十分特別扱いをされていると、ランにはわからないのだ。わからなくしてこの街の中に故あって囲っているともいう。
(ランはメテオが屋敷中、果ては市内中のオメガの香水を作ろうと、このところ躍起になっていることの意味も、単にのけものにされて寂しいと考えてしまっているのだろうな。このすれ違いのせいで何か良くないことが起きなければよいのだが……)
自身も今のランよりも若い頃、嵐のような体験を経てから番を得たソフィアリは、その未来を案じていた。
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