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八.
「……で?」
「ん?」
駅前の時計台の下、悠々とした足取りで微笑みなど浮かべながら現れた男に、苛々と腕を組んだ女が詰め寄っていた。
「それが初デートに遅れた言い訳ってわけ?十一時って言ったよね?朝からずっと連絡も繋がらないし」
「いや、言い訳っていうか……事実をありのままに話しただけなんだけどね」
「嘘つけ!だいたい遅れた時間にさらにこの長話の時間を加えて、トータル一体何十分無駄になったと思ってるのよ!ますます遅くなっちゃったじゃない!」
「いやぁ、っていうか……僕の話聞いてた?もっと心にゆとりを持たないと。持ってよ」
「いやいや、なんであんたの方が上っぽい感じで来るのよ、約束の時間に遅れたのはあんたの方なんだからね!?あんたがどんだけ時計が嫌いか知らないけど、デートの時ぐらいしてくれてもいいんじゃないの?」
「いやぁ、スマホあるからそもそも時計って要らないでしょ」
「じゃあ今までの話は何だったんだ!スマホ持ってんじゃんか!そして時間わかってたんだったら遅刻すんな!遅れるなら連絡しろ!」
「それがねぇ、スマホは道のりのだいぶ初めの方で電池切れちゃってさぁ。動画とかゲームとかするとすぐ切れるよね」
「そしたらもう充電器二百個ぐらい持ち歩いて暮らせ!」
「えぇー?あれけっこう重いよ?無理じゃない?」
「ジムでも通って鍛えりゃいいだろ!」
「そんな時間無いよぉ。だいたいそんなことしてたら君と一緒にいる時間が減っちゃうじゃないかぁ」
「え……やだ……きゅん……じゃねぇ!だったらそもそも遅刻すんな!」
「あはは、なかなか手強いねぇ。しょうがないなぁ、じゃあ、これからはちゃんと時間を守れるように、やっぱりさっきの店に時計買いに行こうか、お揃いのをさ」
「え……その店ってあんたの作り話じゃなかったの?そんな最高級店の時計を買ってくれるの……?やだ……やっぱりきゅん……!」
「買ってあげたらもう遅刻しても怒らない?」
「怒らない怒らない、怒るわけないじゃん!なんかあんたものすごく都合良く矛盾したこと言ってるけど大丈夫、何時間でも待つよ!時計さえくれたらいっそそのまま永遠に来なくてもいいよ!」
「怖いこと言うなぁ、あはは」
「うそうそ、大丈夫大丈夫!あたしたちきっとこれから上手く行くと思うの!さ、早く行こ行こ!」
女はがっちりと男の腕にしがみつき、引っ張るように足早に歩み出し、男は相変わらず呑気な笑みを浮かべながら引きずられて行く。
時計台が、十二時の鐘を響かせながらそんな彼らを見送った。
終
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