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九.
「はぁ!?だから海までどんだけあると思ってんのよ!!そんなこと有り得るわけ無いでしょ!?」
「いや、でも……もう一度ちゃんと見てみてよ。あんな地震の後だよ?何が起きてもおかしく無いんじゃないの?」
「ちょっと……あんまり不安にさせるようなこと言うんじゃ無いわよ……」
渋々歩き出したニシキが、鎖を目一杯伸ばして門の外が最も見える位置に移動し、その「線」を見やり、愕然とした表情を浮かべた。
「せ……線の上に……船が乗ってる……あと家も……」
「はぁ!?」
「船……ってことはやっぱり海だよ!!海が近付いてきてるんだ!!ほらもうひどい潮臭さだ!!」
「んなことあんのか!?ニシキ!?」
「う……うん……あの、あのね……」
「おい!!ちゃんと見えてるもん伝えろっての!!」
「う、うん、あの、あのね……その線……なんかもう……すぐそこまで……来ちゃったみたい……」
ずっと鳴り続けていたために逆に気が付かなかった低い轟音、その中で呻り渦巻き駆け回っているかのような無機質で無情な水の音。
彼らがその音を認識した時には、門の外からその音源たる大量の濁った水が押し寄せ始めていた。
あっという間に足元へと迫り深さを増し広い庭を水浸しにし、それでもまだ満たし足りぬ濁流は家へとその腕を伸ばし、ガラスの割れて開放された窓や玄関から一斉に侵入し、乱れ積み重なっていた家具を浮かべて押し流していく。
既に水深はライの体高の半分を超え、あまりの勢いに立ってもいられなくなったライは、飛び跳ねるように半分泳ぎながらふと思い出し、
「ヤシチ爺さん!無事か!?寝てたら溺れんぞ!!」
老犬に向かって叫び振り向くと、ヤシチはかろうじて立ち上がり、しかしながら水の勢いに押されてふらふらと後ずさり、鎖が伸び切った所で鎖に支えられるようにして止まった。
「なんとか無事じゃ……。しかし泳ぎは得意とは言え、年寄りじゃからのぅ、あんまり長くはもたんぞ……。それより……儂よりセイタとニシキの方が危ないんじゃないかの……」
言われて、はっと辺りを見回すと、既に足が全く届かなくなった二頭の小型犬が、
「なんだよこれ!?助けてよ、御主人様!!怖いよぉ!」
「臭い!汚い!あたしの美しい毛並みが台無しじゃない!!何なのよ!なんで海がこんな所まで来てんのよ!っていうか御主人様は大丈夫なの!?ちゃんと帰って来れるの!?」
激しく吠え立て、水流に翻弄されながらも必死に水面を泳いでいる姿が目に映った。
どうにか無事だな、と安堵の息を吐いたものの、水の勢いは衰えることも無く、水かさは増し続け、ライもまたやがて足先に地面を感じられなくなり水面で泳ぎ始めたが、あっという間に鎖の長さにまで流され首に強い衝撃が走った。
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