十二.

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十二.

犬の歴史は一万五千年以上と言われ、野生の狼が何らかの理由や方法で人の元に連れて来られ共に生きるようになったと言う。 その犬の祖先とされる狼は、食物連鎖においては上位の捕食者であり、通常このような感覚に(とら)われることは無いだろう。 だが、それでも、ライは、魂の奥底ではっきりと感じられる、古い古い野生の本能のざわめきに襲われていた。 それを呼び覚ますのは、この臭い。 大地の表層における、人間だけではない、ありとあらゆる生命の営みを飲み込み、蹂躙(じゅうりん)し、押し流していく、海という猛獣の臭い。 「喰われる」 鎖に首を引きちぎられそうになりながらも必死に水面に顔を上げ、御主人様の家の一階部分が完全に水に飲まれ、重たげに軋みながら突然崩落し、あっという間にいずこかへと流されていく様を呆然と見送りながら、ライは思わずつぶやいた。 「御主人様の家が……!セイタ!!お前は無事か!?」 「ごぼっ……僕も……まだ大丈夫……だけど……がはっ……!」 「ちっ……どうにかなんねぇのかよ!?」 何か、せめてどこかに掴まりたかった。 その気になれば何日でも走っていられる。 泳ぎだって苦手では無い。 だが、首を繋がれたまま必死に水流に逆らってもがき続けるなど、これ以上水位が上がらないとしても、そう長くはもたない気がする。 何か、体を固定できるもの。 くそ、せめてあの木にでも掴まることができれば……! 庭に生えた大きなクヌギが、未だ力強く流れに逆らいその勇姿を健在させていたが、ライの位置からもセイタの位置からも、そもそも水が無くても届くものでは無かった。
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