七.

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七.

相変わらずひどい埃とカビの臭いが辺り一面に充満し、その中に交じる火と焦げの気配も強まり始めており、かなり鼻をやられているが、なんとか庭の外から流れてくる風にライが感覚を集中させていると、泥や土や草木や、御主人様の家と同様と思われる周辺の家屋の臭いと共に、薄っすらと、よく知ってはいる、が、こんな所にまで届くはずの無い、不可解な臭気が感じられたような気がした。 「おい、ちょっとお前ら……」 振り返るが、まだ背後の騒ぎは収まっていない。 「お前ら……おい!ちょっと落ち着け!!いったん静まれっての!外の臭いを()いでみろ!おい!!おいっつってんだよ!!ニシキ!!セイタ!!ヤシチ爺さん!!」 響き渡ったその大きな吠え声に、びくっと体を震わせた三頭がライに顔を向け、 「な、なんだよ!!」 「大きい声出さないでって言ってるでしょう!?」 「落ち着け……一体何だと言うんじゃ……」 「いいから!!ちょっと外の臭いを嗅いでみろっつってんだよ!!早く!!」 それでもしばらくは騒ぎが続いたものの、やがてぶつぶつ言いながらも皆それぞれに遠くの臭いに鼻を集中させた。 「家の臭いが強過ぎてよくわからないわよ……」 「儂ももう年寄りじゃからな……」 ニシキとヤシチがつぶやくが、セイタはさらに注意深くできるだけ遠くの臭いを探し続けていた。 が、ふいに怪訝(けげん)な表情を浮かべながら、 「なんか……(しお)臭い……気がするよな……」 とライを振り返った。 「はぁ!?何言ってんの!?海までどんだけあると思ってんのよ!?海の方から強風でも吹いて来ない限り潮の臭いなんて届きゃしないでしょうが!!」 ニシキが不機嫌に叫ぶが、 「だよなぁ、やっぱりするよな……なんだよこれ……気持ち悪ぃ……」 「風向きが変わったのかな……さっきまでこんなの全然……」 ライとセイタは眉間に皺を寄せ嗅ぎ続ける。 「もう!二人共、怖過ぎて頭も鼻もどうかなっちゃったんじゃないの!?そんなことより御主人様はどこなの!?まだなの!?お願い早く帰ってあたしを抱き締めて……って……あ……あれ……?何……あれ……」 悪態をつきながら、御主人様が現れるであろう門の方へと視線を移したニシキが、かろうじて見える門の外の田んぼの向こう、遥か遠くへと目を凝らし、言葉を止めた。
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