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八.
「あぁ?何だ?何が見える?ニシキ?」
ライが振り返るが、ニシキは首を傾げぼうっとした様子で遠くを見詰めながら、
「よく……わかんないんだけど……あんまり目もいい方じゃないし……」
「いいから、何が見えんだ?俺の位置からじゃどうやっても外は見えねぇんだよ」
「う、うん……あのね……田んぼのずぅっと向こうの方なんだけど……なんか……黒い線が地面の上に真っ直ぐに……」
「はぁ?わけわかんねぇよ、なんだよそりゃ」
「あたしだってわかんないわよ!でも本当にそうなんだから!あんなのいっつも無いんだから!」
落ち着かなさげにその場をぐるぐると回り始めた。
「ちっ、なんだってんだよ……。ヤシチ爺さんじゃどうせ年寄りだから見えねぇとか言うんだろうし……。くそ、マジでこの鎖、こんな時ぐらい外れねぇのか?」
門の近くまで最大限に近付き、真っ直ぐに張った鎖を憎々しげに睨みまた咬み付いているライに、
「ねぇ……潮の臭い、さっきより濃くなってる……。あと、なんだろう……下水……?ちょっと違うか……。人間の生活の色んな臭いがごちゃまぜになってるような……嫌な臭い……」
セイタが不安げに鼻を鳴らす。
「そっちもわけわかんねぇな……。ったく、どうなってやがる……。さっきのひでぇ揺れと言い、何が起きてんだ?」
確かにセイタの言うような嗅ぎ慣れない臭いが鼻をつき、鎖から口を離してつぶやいたライだったが、
「あれ……なんか……線がさっきより近い……」
というニシキの声に振り返った。
「だからその、線って何なんだよ!?」
「知らないわよ!とにかく地面と平行に真っ直ぐ一本の黒い線があるの!そんでなんかどんどん近付いて来てんのよ!!」
吠え合い始めるライとニシキだったが、
「ねぇ……もしかして……なんだけど……」
臭いを嗅ぐことに集中していたおかげでいったんは冷静を取り戻していたセイタだったが、つぶやいて二頭に顔を向けた彼の全身は、再び先ほどまでと同様に、立っているのがやっとというような激しい震えに襲われていた。
「あぁ?」
「な、なによ……!?」
「う、うん……もしかして、なんだけど……。潮の臭いもどんどん強くなってきてる感じだしさ……」
「あぁ……そうだな」
「……あ……ほんとだ……潮の臭い……なんかちょっと変だけど……」
「うん……だからさ……もしかしてその線、って……海……なんじゃないの……?」
必死に絞り出すように伝えたセイタは、庭木に阻まれて目視できぬ庭の外、その線が存在するであろう方向へと視線を向けた。
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