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ーーーーー 西崎への微かに芽生えた違和感は、次第に大きくなっていった。 まず明彦が指摘した黒板については、算数だけではなく、ほとんどの教科が『だれでもわかる』シリーズであることが判明した。 「もうさ、黒板写さないで、この参考書を買ったほうが早いんじゃね?」 笑う明彦の周りに人だかりができ、たちまちクラス中にこのことが広まってしまった。 面と向かって西崎にそれを言うような幼稚な生徒はさすがにいなかったが、やはり西崎のおかげで成績が上がったと喜んでいた輝のような生徒には、少なからず不信感を抱かせた。 2学期の初め。 夏休み明けでこんがりと焼けた生徒たちに、西崎は大きな紙を見せた。 「先生、みんなのために、こんな約束事を作りました」 例にもれず真っ黒に日焼けした輝は目を丸くした。 そこには、母親が熱心に取り組んでいるペン習字のお手本のような美しい字が並んでいた。 ①授業は背筋を伸ばして真剣に聞きましょう。 ②分からないところはわからないままにせずすぐに聞きましょう。 ③クラスの一人一人のことを尊重しましょう。 ④嘘をつくのはやめましょう。どんなときでも正直に。 ⑤自分のことより人のこと。思いやりの心を育てましょう。 「皆さんがこの学校で過ごすのも、残り、200日を切りました。この約束を守って、最後の卒業式の日に、みんなで美しい涙を流せるように、全員で協力していきましょう」 “クラスの一人一人のこと”を見ながら話す西崎になぜだか悪寒が走った。 「模範学級に選ばれたいんだろ」 休み時間、明彦は吐き捨てるように言った。 「年度末にあるじゃん?模範学級として、1つのクラスが校長に表彰されるってやつ。授業態度が良かったり、クラス団結してたりさ。それで表彰されたいんだと思うよ、あいつ」 「なるほど」 「じゃなきゃ、こんな喧嘩も起こってない、成績も下がってない、問題のないクラスにこのタイミングであんなこと提案しねーだろ」 明彦は笑いながら、壁に飾ってある年間カレンダーを見上げた。 「4月でしょ、佐々木が戻ってくんの」 佐々木とは、今年から産休に入っている女性教師だ。 「佐々木が戻ってくる前に、担任教諭の座を確かなものにしたいんだよ、きっと」 そこまで読むか。 輝は半ば呆れて、親友の顔を見た。 「そこまでひねくれて捉えなくても」 隣に座っていた藍が声を出した。 「いいクラスにしたいんでしょ。西崎先生は。それだけだよ、きっと」 微笑みながら続ける。 「自分のクラス持ったからさ、いろいろ張り切ってるんじゃないの。きっと夏休み中もうちらのことを一生懸命考えてくれてたんだよ。いい先生じゃん?」 藍の笑顔を見ていたら、そんな気もしてきた。 「そうだな」 輝は短く息を吐いた。 「算数で100点取らせてもらった恩もあるし、ここは一丁、協力してやりますか!」 言うと藍は夏休み中に少しだけ伸びた髪を揺らして頷いた。 「ーーー100点取らせてくれたのは、光圀出版だけどね」 明彦は二人に聞こえない声でそっと呟いた。
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