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季節は秋になった。
この学校では、運動会とは別に、例年『クラス対抗 ムカデ競争大会』が行われる。
連日、放課後遅くまで練習が続けられた。
運動神経の良い卓と藍が中心となり、早い人と遅い人、得意な人と苦手な人が、それぞれに良いところ悪いところを指摘しあって、少しずつタイムは上がっていった。
「これ、優勝できるんじゃねえの?」
冷めている明彦がそう呟くほど、6年2組は速くなった。
迎えた当日。1年生から順に競争は始まった。
次々に学年の1位が決まっていく。
5年生が終わった。
6年生の番だ。
早い人、力のある人を、前列、中央、後列にバランスよく配置し、特に運動神経が悪い生徒は先頭の次にした。
身長や体重はバラバラで、一見秩序のないように見えるその列は、綿密に計算されているものだった。
この中で誰が掛けても、練習のようなタイムは出ないと思われた。
他のクラスも並び終わり、いよいよ、ピストルを持った学年主任が右腕を上げようとした、その時――――
「先生、お腹が痛いです」
学年主任より先に手をあげた者がいた。
藍だ。
駆け寄る西崎が聞いた。
「どうしたの?」
「わかりません。お腹が急に痛くなったので、保健室に行かせてください」
みんなの顔が凍り付く。
引っ張ってくれる藍がいなければ、このムカデ競争は成功しない。困ったように顔を見合わせる。
「西崎先生、どうしましたか」
向こう側から学年主任が叫ぶ。
藍は青い顔で、立っているのもやっと、という表情をしている。
「保健室まで一人で行ける?」
黙っている西崎を見かねて、一人の女子が藍に話しかけた。
「先生、藍ちゃん、そうとう具合悪そうだか――」
「何でもありません」
女子生徒の言葉を遮り、西崎が学年主任に向けて叫んだ。
額に汗を浮かべた藍が信じられないという顔で西崎を見上げた。
「的場さん、あなたがいなければ負けてしまうわ。トイレ、もう少しだけ我慢できるわね?ここまで我慢できたんだもの」
「———先生、私、トイレにいきたいとか、そういうことじゃなくて。我慢とかそういうことじゃなくて―――」
「終わったらすぐに連れて行ってあげるから、ね?」
必死の藍の言葉をも遮って、西崎は笑った。
「せっかくみんなで練習してきたんだもん。台無しにしないで?的場さん」
愕然とする藍の足首に縄を結んでいく。
「自分のことより人のこと。ね、頑張って」
輝はその笑顔に狂気を感じた。
――――この女。
「よーい」
学年主任の声が響き、ピストルが鳴った。
ムカデたちが走り出す。
練習ではどのクラスより速いタイムを叩きだした6年2組は、30m走ったところで、倒れこんだ藍に全員が巻き込まれる形で転んだ。
「藍ちゃん!?」
倒れた藍に、慌てて縄を外した女子たちが駆け寄った。
藍の白い運動着の臀部からは、血が滴り落ちていた。
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