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その性格は授業の際にも表れており、あらかじめ書いてきた大学ノートを開き、それを寸分の狂いもなく、黒板に写していく。
それは、文字の大小や図の入れ方、大事な箇所の色分けや、吹出など、わかりやすくてとても綺麗だった。
その黒板をノートに模写するうちに授業はあっという間に終わってしまった。そして生徒たちの成績はみるみる上がっていった。
「輝がまさか100点取るとはね」
幼馴染の岡村明彦は笑った。
自分でもそう思う。
今まで成績は下の下。
某人気アニメの青くて丸いロボットに頼りがちな眼鏡の少年を馬鹿にできないほど、テストの点は良くなかった。
それが全教科軒並み80点以上。こと算数に関しては100点の満点を叩きだしたのだ。
「やっぱり教え方かね?」
西崎が担任になる前から満点を重ねていた明彦は頬杖を突きながら目を細める。
「ま、俺は、認めないけどな」
「なんでだよ」
欲しかったゲームソフトをねだるのに重要な切り札になるだろうそれを、大事に大事にたたみながら、輝は親友を睨んだ。
「だってさ。俺、見たことあるもん」
「何を」
「あの黒板」
「はあ?」
輝が顔をしかめると、明彦はもったいぶるようにランドセルから何か冊子を取り出した。
「何それ」
「『だれでもおもしろいようにわかる算数』」
「参考書?」
「そう。光圀出版から出てて、今期ベストセラー。お受験戦争真っただ中のマダムの中では言わずと知れた話題の参考書」
「へえ」
目を細めた輝がそれを開こうとしないのを見ると、明彦は諦めたように自分で頁をめくり始めた。
「ほら、ここ」
そこには、『「速さ」はこう覚える!!』という赤い見出しが躍っている。そしてその下に簡単な図形が続き、さらに下には『道のり=速さ×時間』と書かれ、相合傘が書いてある。
「あ、これ!!」
輝は思わず引き出しの中を漁り、算数のノートを取り出した。
「この相合傘!」
簡易的な傘のイラストが描いてあり、傘には『道のり』と書かれ、向かって左側には『速水れいか』という今人気のアイドルの名前が、右側には『時東翼』というこれまた人気のバンドボーカルの名前が書かれていた。
生徒が覚えやすいように、西崎が最近流行っている芸能人の名前で工夫してくれたものだと思っていたのだが。
「相合傘、パクったって事?」
「よく見て見ろよ」
輝の反応に満足しながら明彦が笑う。
参考書とノートを見比べる。
相合傘どころではない。見開きの2ページは一言一句、全て同じ事が書かれていた。
「———マジか」
「マジだ」
「何それ、どういうこと」
隣に座っていた的場藍が顔を寄せてくる。
「西崎の授業が参考書のパクリって話」
明彦の声が少しだけ上擦るのがわかる。
成績が良くいつも余裕ぶっている男だが、こういうところは憎めない。
輝は気が付かなかったふりをして、藍に参考書とノートを見えるように寄せた。
「わー、マジだ。まんまじゃん」
男勝りな声と話し方で彼女は顔をしかめた。
ーーーまただ。
輝は2人に気づかれないように藍の顔を見上げた。
最近、彼女が何か話したり、そばを通ったりすると、良い匂いがする。
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