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いつもなら後ろに菜々を乗せて走るが、世高は黙って自転車を押して歩いた。
広場に着くと「先輩、今日もご馳走さまでした」と菜々がおずおずと言った。
「今日はちゃんと家に帰れる?」
世高は心配そのものを渡すように菜々の鞄を差し出した。
「今日は」と言われて、菜々は世高が終電のことに気がついているのを悟った。
「ごめんなさい。いつも世高先輩と会うと帰りたくなくて。友だちの家に泊まれるように着替えとか持ち歩いてるんです」
彼女が耳を真っ赤にしながら種明かしをした。世高は答えに困り、宙を仰いだ。
ふと目に止まった広場の時計台は、終電まであと5分を指している。ここで走らないともう電車には乗れない。
「今日は、家に帰んなくていいの?」
そんな質問をした自分を間抜けに思い、世高はすぐに「違う、そういうことが言いたいわけじゃなくて」と首を振った。
「大丈夫です、誕生日会って言ってきたから…ハタチだし…」
菜々もそんな自分の返事が幼稚で恥ずかしくなり、俯く。
世高は周囲を見渡した。
ざわつく駅前では、この気まずい雰囲気に誰も興味がないのは救いだと思った。
そして、黙っていても仕方がないと一呼吸つき、「分かった」と菜々から鞄を取り上げ前籠に詰めた。
「一緒に日を跨ごうか」
意外な一言に菜々は顔を上げて、目を丸くした。
そんな彼女を一瞬愛おしそうに眺め、世高は触れるだけの短いキスをした。
「これでいい?菜々」
「え、先輩。今のって」
世高は自転車を今来た道に反転させて跨った。菜々も慌てて後ろに飛び乗る。
「行くよ?」と世高が明るく合図すると、菜々は初めて彼に抱きついた。
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