23人が本棚に入れています
本棚に追加
「文子さん、これを縫ってもらえませんか?」
それを持ってきたとき、私は既に泣きたい気分だった。
彼の家には母親も妹もいるのに、わざわざ家まで持ってきて縫ってほしいということは彼の好意を受け取るには十分なことだったのに、素直に喜べなかった。
明日出征する彼は、今どんな気持ちなのだろう。
泣いてはいけないと震えた声で「はい…」とほつれた国民服を受け取り、中でお茶でも、と思ったけど断られた。
そのまま私は裁縫道具を持ってきて玄関で縫い始め、正一さんは上がり框に腰掛け私の手元を見ていた。
外では蝉がけたたましく鳴き続けているのに、なぜか時が止まったかのような静けさがあった。
最初のコメントを投稿しよう!