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不思議と、怖さは何もなかった。
ただ、この子が生きていればいい。たかだか子猫一匹に何を、と思うかもしれない。だけど、この子の目を見て私は思った。まだ生きたいと願うその意志を叶えてあげたいと。
「名は」
「阿藤日和、です」
「そうか、俺は東宮匡将だ。お前のすべては俺のもの、俺から逃げることは許さない」
「………」
「返事はどうした」
「は、い」
乗せられた車の中で名前を教えられて、東宮さんと言う人だと初めて知った。それから東宮さんはすぐに子猫を動物病院へ連れていってくれて、処置の仕方などを獣医さんに教えてもらって、数時間後にまた車に乗せられた。
いつの間にか用意された猫用グッズが車内に置かれ、子猫は私の膝の上の猫用キャリーケースに入っていた。その中には、子猫が意地でも離さなかった私のコートが入っている。ときおり、子猫のために暖を採れるように暖かさを維持し、この子が生きるための最善を尽くしている。
「日和、逃げようだなんて思うな。もし、そうなった場合、コレの命はないぞ」
「はい……、東宮さん」
広い車内で私は東宮さんの隣に座らされている。しかも離れられないようにしっかりと腰に手を回されて、動けないようになっている。返事をしなかったらさっきみたいに怒られると思い、返事をする。
「東宮…?匡将と呼べ」
「た、匡将さ、ん…?」
また圧力を感じて、それ以上怖い思いをしたくなくて、名前を呼びながら、そっと窺うように顔を見た。すると顔を逸らされてしまったので、私も下を向いてしまう。
「すみ、ません…」
沈黙が痛くて、私は膝に乗せている猫用キャリーケースに視線を戻してぎゅっと拳を握った。
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