第二章

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怖がるみあと一緒にお風呂に入って、みあを軽く乾かして自分も髪の毛を乾かして。もうそろそろリビングに戻ってもいいかな、なんて考える。いつもよりもずいぶんとゆっくりしてしまった。 「しあわせ、なんだろうな…」 寒くない、風や雨に晒されてしんどいこともない。惨めな思いもしてない、人間としてまともな生活をしている。 なによりも、ひもじくない。我慢できないような口渇感もない。 買いたいものが買えない辛さよりも、誰にも信じてもらえない苦しさよりも。 人格を否定されても、何をしても全部悪いことだと怒られても。 見知らぬ人に突然罵声を浴びせられても、暴力にさらされても。 手当たり次第に友人たちに、公的機関にも助けを必死で求めて、助けてもらえなくても。 お金があれば、と悔しくて悲しい思いをした時よりも。 空腹と口渇感。それだけは、今までのものを遥かに飛び越えてキツイものだった。喉の渇きは、公園で水を自由に飲めた頃は解消できたからよかった。でもいつしか見回りの警官たちが増え、その警官たちに注意されるようになってから、大っぴらに水をもらえないことも増えて。いつも、本当に追い詰められた時以外は水を飲んで腹を満たしていた。 「みあ…」 「   」 だから、飢えと口渇感に苦しんだ。 夜中は毎日、繁華街をうろついて。捨てられた食べ物を探して、それを食べ。草も土も食べて。残念ながら食べられるサイズの虫を探すことはできなかったから虫は食べてないけど。たぶん、見つけられていたのであれば食べていただろう。 盗みは、しなかった。 何度も、ほしいと思ったし、手が伸びかけたけど。捕まったら恐ろしいことになるとわかっていたから、覚悟もなかったから、絶対手を出さなかった。 雨が降った日は、道路にできた水たまりに顔をつけて水をすすったし、泥水も飲んだ。どうしても喉の渇きが抑えられない日は、側溝に流れている水を手ですくって渇きを癒した。 人間として、最低限の生活さえも、私には保障されていなくて。その権利は私にもあって誰にも侵害できるはずはないのに、権利そのものをないものとされた。 「   」 どこの地獄かと思うような、人間とは言えない生活をした。 与えられた自室の前の廊下に座って、みあをだっこする。みあは甘えているのか、声なき声で鳴いてはゴロゴロと喉を鳴らす。 「………、お金に勝るものはない」 いまは、甘えてしまっているし、流されてしまっているけど。はやく仕事を探して私もお金を稼がなくちゃいけない。いつか、捨てられる日が、来るのに備えて。
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