第二話:あなたの好きは世界を救う

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第二話:あなたの好きは世界を救う

「あれ?」  PCに表示されている文字を見て呟く、一人の女性店員。彼女は店員の後輩。メドゥーサと人間のクォーターとやらで、見つめた対象を石に変える力を持つ。その力は左目にのみ宿り、普段は白い眼帯をしている。彼女は唯一晒してる右目で何度もまばたきし、画面を見つめていた。 「どうした〜?」 「先輩〜。延滞料金発生してるお客様がいるっす」 「げっ。昨日までは反応なかったのに。誰?」 「この人」  登録された情報を見ると、ある世界の勇者のようだ。二つの大魔法と一つの禁忌魔法を借りている。肝心の日付部分は文字化け……バグっている。店員はその現象に嫌な思い出があるようで、海よりは深くない溜息をついた。 「これ、お客さん転生してるぜ」 「最近流行りの異世界転生っすか?」 「同じ世界に転生だから、ちょっと違うな」  レンタルショップからの電話は、客の脳内にテレパシーのように掛けられる。いきなり脳内に声が聞こえるのだから、時間帯を間違えると怒られるのなんのって。店員は相手側の世界を何度も確認しながら恐る恐る繋げた。この魔法は店員にしかできない大魔法なので、電話はいつも彼が掛けることになっている。 「あ、どーも……魔法のレンタルショップですが……」 『あっ……魔法の……どうも……』  返ってきたのは獅子のように逞しい男性の声ではなく、花のように可憐な女性の声だった。性別まで変わっているらしい。 「あの、お客さん転生されたんですね?」 『あ、はい………』  本人も自分の現状に困惑しているのか、声色に覇気がない。とてつもなく気まずい空気が二人の間に流れる。店員は頭を掻きながら、この空気から逃げ出したい一心で早口で告げた。 「今後どうされますか? 魔法を借りる予定がないなら会員を解約、借りる予定があるなら住所変更など再契約が必要になりますがーー……どちらにしろ延滞料金は払わないといけないのでーー……うち返却ボックスとかなくて……あ、もしかして魔法通貨を払えない?」 『いや、大丈夫……です。たぶん、払える。魔法の方も再契約で……』 「なるほど強くてニューゲーム状態ですね! かしこまりました、それではご来店は」 『……今すぐ行く』  元勇者はお嬢様になっていた。橙のロングヘアーに鮮やかな青のワンピースをはためかせ歩く姿は、まるで夕焼けと海のよう。人形のように整った顔つきをしていたが、眉間のシワがそれを台無しにしていた。 「俺も姫たちも、それぞれ逆の性別に転生してしまって……」 「なるほど。ギャルゲーから乙女ゲーの主人公に転生っすか」  後輩の発言に店員は視線を送るが、元勇者は言葉の意味が分からないのか、気にしていない様子で自らの悲劇を語り続けた。 「昔は彼女たちに慕われていたが、その、今は……」  苦いものを何度も噛んだような苦々しげな表情を浮かべる。元姫だった男たちに求愛されている彼女(かれ)の悲劇に、店員たちは顔を見合わせ、首を振る。口に手を当て、他人の不幸を笑ってはいけないとアイコンタクトを送っているようだ。 「俺は誰も選べなかった。そんな俺が誰かを愛し、愛される資格はない」  手続きを済ませると、元勇者は悲劇を置くだけ置いて帰っていった。優雅に揺れる後ろ髪を眺めつつ、後輩は一言。 「優柔不断で破滅した上に、面倒なしがらみを持つタイプっすね」  それを聞いた店員は何かを思い出したのか、拳をポンと掌の上に置く。 「思い出した〜! あの人、十二人の姫に告白されてためちゃくちゃ羨ましい人だ!」 「十二〜!?」  元勇者は元姫の王子たちの求愛を避けるためだけに魔法を借り続けた。幻影の小魔法「あなたに触れたくて」や雷の小魔法「ビリビリ☆初デート」。とにかく自分が愛されないようにと必死に。また、店員に逐一その報告をしてくるのだが、最初は険しかった表情も、徐々に和らいでいった。 「愛の言葉を囁かれるのも……悪くない、かな」 「ほ〜??」 「こう、手を握られると、胸が苦しくて……」 「へ〜??」  やがて愚痴から恋愛相談に変わっていった。店員はその話を、耳を大きくして聞き入っている。  実はこの店員。他人の愛とか恋とか、そういう類が大好きなのだ。本人は全く縁のない雰囲気なのに。  ちなみに対象が幸せになれば、どんな結末になっても美味しくいただけるタイプだ。ハッピーエンドでもメリーバッドエンドでも全て彼の食料になる。ただしバームクーヘンエンドや、対象が不幸せになるタイプのバッドエンドは除く。 「誰が好きなんです?」  元勇者が特徴を言うと、店員は指を鳴らし、その人物の映像を出した。驚く彼女(かれ)他所(よそ)に、店員は気持ちの悪い笑みを浮かべる。 「ふふっ。俺ぐらいのレベルになると、他の世界を見ることなんてお茶の子さいさい」 「貴様……何者だ?」 「ただのアルバイトでーす」  そうだ。店員は何を閃いたのか右側の棚を指差す。そこにはオレンジ色のエリアがあった。 「あの魔法、オススメです」 「オレンジ……? なんだ? 火魔法の類か?」 「自然を使ったムード作りの魔法。一日一回しか使えない大魔法たちです」 「そんな大それた魔法が⁉︎」 「たまにいるんですよね。人間の恋愛を見るのが大好きな自然物」  店員の雰囲気は真剣そのものだ。甘く見るなかれと言いたそうに指を振った。 「恋をしている人たちにとっては命懸けなんですよ! せっかくのプロポーズ、最高のシチュエーションでしたくありません?」 「……たとえば?」  おっと食いついた。店員の隠れた目がギラついた。何個かシチュエーションをあげる。 「例えば、貴方の髪のような夕日を見ながら、とか、ロマンチックじゃありません?」  店員は左手にペンを、右手で抑えているメモ紙にサラサラっと慣れた手つきでタイトルを書いてゆく。 「これ、俺のおすすめのプロポーズ魔法たち。ご検討ください」 「EX魔法を借りたい。あるか?」  EXとは大魔法のその先、言葉では表せないほど高度な魔法である。普段は棚に置かず、バックヤード内に保管している。彼女(かれ)は切羽詰まった様子だ。店員はバッグヤードからある箱を持ってきて、いつもと同じ調子で対応する。 「どうしたんです?」 「俺たちを殺そうとする輩が現れた。そいつを倒したい」 「最終決戦ってやつですか」 「相手は虫の化け物だ。火魔法で炙り殺してやる」 「ほ〜」  それを聞いた店員は、なんとも言えない色合いの箱を取り出す。それには「何もかも溶かすような情熱的な愛を」と記載されていた。 「お客さん。アンタ、虫は指で潰す派? それとも液体で固める派?」 「いや、無駄な殺生はしない」 「俺は液体で固める派。なので魔法を使う虫には、炙るより液体で固めた方が効果ありますよ。まあ、最終手段ってことで」  彼女(かれ)は複雑な表情を浮かべるも、店員からオススメされたEX魔法を受け取った。彼女が借りるのはEX魔法と桜色のケースの回復の大魔法「絶命しても愛してます」。そして、オレンジ色のケースの「あなたの好きは世界を救う」。 「あれ、これは」  オレンジ色のケースは店員がオススメしたプロポーズ用の魔法だ。彼女はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。 「俺、この戦いが終わったら告白するんだ」 「おっと死亡フラグを」  我慢できなかったのか店員は本音を漏らす。だが彼女はその意味が分かっていないようだった。 「でも、攻撃魔法が借りれませんね」 「大丈夫。……攻撃は、彼に任せる」  それから、彼女は二度と来なかった。生き残ったのか、それとも死んだのか。だが店員はそんなこと気にもせず、いつも通り業務に励むのだ。
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