第三話:木っ端微塵に死んでゆく

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第三話:木っ端微塵に死んでゆく

 その女王バチは、社内では要注意人物として知れ渡っていた。彼女はスズメバチの女王で、自分の世界では大企業のトップに君臨している。  彼女は目に入ったすべての男性を見下している。男性が対応した日には不機嫌になること間違いなし。男性は対応してはいけない、と社内マニュアルにまで記載されている。……この日は、タイミングが悪かったのだ。 「何故風の大魔法が借りられている? 在庫を増やせと言ったよな??」 「どのようなタイトルでしたっけ……?」 「こんなくだらない題字をボクに言えと? 検索しろ」 「……ああ、……ですね」 「声が小さい! 腹から声を出せ!!」 「あ、はい」 「それからあの棚の位置を変えておけと要望したはずだが? ここは客の要望は無視か! ボクが虫だけに!!」  前髪がセンター分けなので、眉間の皺がよく分かる。女は端正な顔立ちをわざと怒りで崩し、店員に強い言葉をぶつけてくる。短いスカート丈から見える足を揺らし、床とハイヒールがセッションを生み出す。黒いタイツに覆われた足の動きとヒールの高い音が対象の心をかき乱すのだが、店員にはあまり響いていないようだ。  女は自分の世界ではリアルなハチの姿をしており、しかも巨大。本来の姿だと店内に入れなくなるため、ご丁寧に人の形をしてくるのだ。今は恐ろしい毒針も煩わしい音を立てる羽もない。それ故に、こうやって靴で大きな音を立てるのだ。 「すみません。確認してきます」  店員は一礼し、バッグヤードに戻ってゆく。同時に自らの携帯を起動させ電話をかけた。画面には後輩の名前が記されている。 「あの女が来た! 早く来てくれ頼む!!」 「貴様ァ! 聞こえてるぞ屑が!!」  店員のSOSと女の怒声が店内に響き渡った。  元々彼女の世界は魔法のレンタルショップと提携していなかったが、コストパフォーマンスを重視して提携を始めた、という。だが、禁忌魔法のコストを軽くしろなど、とにかく言うことが無茶苦茶なのだ。今じゃ悪質なクレーマーである。 「ダメよ。店員さん困ってるわあ」  後から来た秘書の女性が女をなだめた。横暴な女とは違い、たおやかな雰囲気を醸し出している。店員にも笑みを浮かべ、ごめんなさいねと詫びを入れた。ベリーショートの髪型にパンツスーツといった出で立ちは、柔らかな態度とは対照的だ。  それからすぐに後輩が来て対応してくれた。女は唾でも吐きそうな勢いで暴言をまくし立て、ようやく帰っていった。 「ニのヤロォ〜〜。来るなら来るって言えよな〜〜」  身も心もボロボロの店員、こちらも言っていることが滅茶苦茶である。  横暴な女の名前は「ニ」という。会員証にはカタカナのニで登録されている。本来ならもっと長い名称なのだが、他の世界の人間には読めないのだ。更に発音が出来ない文字が多いため、唯一読める「ニ」で呼んでいる。最初は火山のように憤怒していたが、彼女の秘書である「ネ」の説得もあり、どうにか収まっていた。  ボロボロの先輩を、後輩はなんとか励まそうとしている。 「先輩。彼女のパンツにリボンかレースがついてると思えば、怒りが収まりますよ」 「……。」 「あっ。想像できないっすね、すみません」 「レジィ! 早くしろぉ!」  ニが魔法を借り、すぐに出て行く。彼女はMP(マジックポイント)が異常な数値を誇るため、一日に何回も魔法を借りることが出来る。彼女とテレパシーで繋がっているネは、店に滞在して彼女の希望している魔法を探しているようだった。 「ごめんなさいね。あの子ったらちょっと手間取ってるみたいで」 「はあ。最終決戦ってやつですか」  ちらりと店員はその光景を覗いていた。PCを見るフリをして、その近くに映像を設置してある。  映像には、相当押されているニの姿があった。夕日のような髪の女性たちにやられているようだ。 「・×∵●#ネ! 火の大魔法は用意できたか!?」 「えっと、タイトルなんだっけ?」 「はぁ?」  ニは顔を真っ赤にしてネを睨みつける。それに気付いたのか、ネは言い方を変えた。 「矢型と剣型、どっちだっけ?」 「剣!」  一言吐き捨てたと同時に、ニはネの頬を鬱憤を晴らすがの如く引っ叩いた。健康的でシミ一つない頬は真っ赤に染まる。叩かれた本人は笑顔のまま、頬に手を当てる。 「ふふっ。ごめんなさいね」 「ふざけるな! ちっ、くそくそくそ! 元男でボクが生み出したものの分際で、ボクを殺そうなぞ!!」  頭に血が上っているのか。ニは舌打ちと同時にレジを済ませ、店から出て行った。出たと同時にネはゴクリと何かを飲み込んだ。  店員はその光景を見て固まってしまったが、横にいた後輩は気を利かせてハンカチを濡らし、ネに差し出した。 「あの、あまり冷えないっすが……」 「……あら。あらあら〜!! あらぁ……ありがとうね、優しい店員さん!」  ネは大きな瞳に涙を浮かべながら、濡れたハンカチを赤くなった箇所に当てる。そして深くため息をついた。 「ねえ。聞いて、店員さん」  ネの視線は店員に向けられる。店員は後輩に押し付けようとしたのか辺りを見渡すも、既に陳列の作業に移っていたのでそれは叶わなかった。ネは話を続ける。 「あの子、殿方どころか自分より下のものはみんな見下してるの。あなただって嫌な気分でしょ?」 「いや、俺は別に……」 「私は、あなたのこと好きよお。もっと髪をきちんとしてれば、私の推しになるのに」 「ひっ」  店員は彼女の長い指で顎を撫でられ、困惑していた。ここにラブロマンスを期待してはいけない。その口からチラリと見える牙のような歯! 彼女は、お腹の空いた女王蟻の目をしているのだから。 「長い髪の殿方が推しなの。儚くてエモいのよ。でも奴はそんな殿方はだいっきらい」  ふわふわな天国から一気にグツグツとした地獄の目つきに。そこには憎しみだけが詰まっていた。  ついにニにも限界が来たようだ。店内に入るや否や、EX魔法か禁忌魔法を出せと叫んでくる。その姿は血だらけで、頭や口から真紅の液体を流し、吐き出している。 「お客さん、もう貸し出し出来ませんよ」 「何故だ!!」 「魔法通貨がもうありません。それに、これ以上魔法を使えば、お客さんの身体が保ちません」  人間なら神の加護が働き、魔法の膨張……破裂はあり得ない。が、彼女は人間ではない。元は女王バチの、バケモノ(モンスター)という部類に当たる。神の加護を受けていないものが魔法を限界値まで使うと、それが体内で溜まり、木っ端微塵に破裂してしまうのだ。  ニの長い腕が店員の胸倉を掴みそうになるが、その乱暴な腕をネが静止した。ぐっと腕を握り、自らのガマ口を差し出す。透明な水色のガマ口には、数十枚の魔法通貨が入っている。通貨同士が当たり、ちゃりちゃりと誘惑の音を鳴らしていた。 「私の魔法通貨を"譲渡"します」  魔法通貨……MPの譲渡は"可能"ではある。人間同士でも出来るが、何せ自らの力を譲渡するのだから、特別な契約が必要になる。もしかしたら"契約"を済ませているのかもしれない。ただニの性格からして、それは望まない手段……あくまで最終手段ではないのか。ニは舌打ちをし、腕を引っ込めた。 「……急げよ、ネ」  譲渡する代わりに、借りる魔法は譲渡先に委ねられる。ニは一瞬でも縋るような目を向け、再び戦場へ戻って行った。 「……お客さん。あんた、魔法通貨を全部消費することになりますよ?」  ネが持ってきたのは禁忌魔法「木っ端微塵に死んでゆく」。緑と黒の縞模様のそれは、台風を起こす代わりに扱いを間違えば使った者が死ぬまで発動し続ける禁忌魔法だ。 「いいの。いいのよぉ。もう、必要ないもの」  数日後。喪服らしき衣装に身を包んだ彼女は、ニが借りた大量の魔法を返しに来た。 「あの子の関係のものは、さっさと終わらせたくて」  ストレートだったショートヘアーの毛先には、少しだけパーマが当てられている。よくよく見るとメイクの趣向も変わっているようだ。 「あの子、最期は液体魔法で固められて、風魔法の下げ時を間違えて……。見ていたから知ってるでしょう?」 「……。」  気まずそうな店員をよそに、呆れた表情を浮かべながら彼女は続ける。 「でも魂は死んでなかったから大変だったわあ。残りがどこかの世界に飛んでいるかも」  大量の魔法のケースをテーブルの上に置くと、彼女は店員に顔を近付け囁く。 「店員さん。あなた、虫を殺す時は指で潰す派? それとも液体で固める派?」 「……液体で固める派です」 「ああ、やっぱり。私は、足で潰す派。見ていたから知っているでしょ?」  彼女が返却を済ませ、さようならと告げて店内から出たと同時に。店員は震え上がり、その場に倒れこんだ。
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