第四話:何がなんでもオンリーユー

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第四話:何がなんでもオンリーユー

「こんにちは」  夜空のような色の髪に星のきらめきのようなの瞳。髪型はオールバック。スーツに剣という出会うことのない出で立ちの彼は、いつもにこやかに笑っていた。夜に混じりそうな容姿とは裏腹に、純粋な愛ゆえに世界を壊しかけている男。 「あっ、いらっしゃいませ」  後輩が自分の身長より高い棚に商品を戻そうとしている時、その男はやってきた。いつもの彼女ならちゃんと足場を持ってくるのだが、戻すのは一つだけと……その結果、彼に背伸びしている瞬間を目撃されてしまった。 「大丈夫なら、オレが戻そうか?」  彼は視線を棚に向けるが、後輩は「大丈夫っす」と断りを入れた。 「そうか。……あ、そうだ。彼は?」 「先輩なら裏でランチタイムっす」 「わかった。ありがとう」  白い歯を覗かせ、彼……魔王ステラは奥に進む。爽やかすぎる印象は魔王と言われても思わず首を傾げる。後輩も最初は「勇者の間違いでは?」と疑問に思ったほどだ。そんな中、魔王ステラとは真逆の、いかにも魔王!という感じの男が通り掛かった。すれ違った魔王ステラがこんにちは、と挨拶すると、その男は睨み返すだけだった。 「えっ。魔王ステラと魔王ユキが会っちゃったの? こわ〜」 「見た目の割に可愛い名前なんすね」  その男は墨のようにのっぺりとした黒髪と濁った色の瞳を持っていた。肌は荒れていて髪も適当に結んでいる。服装はボロボロのローブ。世界の全てを憎んでいるようなその瞳は、いかにも魔王であった。 「二人とも愛するもののために世界を壊しかけているやつらだよ。だから本社から目ぇつけられてんの」 「ステラさんの場合は先輩が……」 「シーッ! その件で時給最低賃金継続中なんですよ俺は〜!」  魔法のレンタルショップは"間"(はざま)と呼ばれる大手企業の子会社の一つである。店員たちは「本社」と呼んでいる。この会社は様々な"世界"を管理しており、魔法のレンタルもその事業の一環だ。 「世界は必ず誰かが作っていて、そこに限界などなく、無限に広がっている。当人にとってはその世界は現実だが、他の世界の人物にとっては空想であり幻であり二次元である。どれが真実でどれが虚構なのかは誰にも分からないし、分からない方がいいかもしれない」という理論を社訓としている。  EX魔法を尋ねてきたのは、魔王ユキだ。口をモゴモゴさせ、時にはドモったり、時には噛んだりしている。 「あのっ……世界の壊し方が、わからなくてっ」 「えーー」  抽象的な質問に、店員は呆れているようだ。だが、そんな彼になんだか親近感が湧いてしまったようで。 「お客さん。どういった風に世界を壊したくて? 人類滅亡? 自然崩壊??」 「あ、いや……。そういう、物騒なのじゃなくて……」 「物騒? お客さん。世界を壊すってどういうことか分かっています?」  指摘され、魔王ユキは言葉に詰まった。店員は思わず指をさして続ける。 「全人類から恨まれる覚悟はあるか? 女子供の嘆きを全て聞く覚悟はあるか? 生まれ故郷が崩れ落ちる瞬間を見る覚悟はあるか?」  まるで見てきたような口振りに圧倒され、ますます言葉に詰まってしまう。 「こないだ剣を持ったスーツの男性を見たでしょ? 彼、あれでも自分と同じ人類を一瞬にして滅ぼした大悪党ですよ」 「えっ。で、でも、そんな風には……」 「本当ですよ。それくらいしてもあんなに涼しげな顔してるんですよ」 「う……でも、俺、あいつらが許せなくてっ……」  彼の起因は憎しみから。店員は腕を組み、その様子を見つめている。 「だって、あいつら……彼女をあんなに無残な姿にっ」  ほれきた店員の大好物。店員は後ろを向いてほくそ笑む。そして真顔を取り繕うと、こほんとわざとらしい咳払いをして一言。 「一体……何があったんですか?」  泣いた。店員は心の中で泣いていて、表面上は真顔を継続している。だが前髪に隠れて見えない瞳は潤んでいる。 「そうですか……宇宙からやってきた彼女に恋を……」 「せっかく人類と和解してくれるって決意してくれたのに、それなのにあいつらは彼女を蜂の巣にしたんです……」  その瞳には憤怒憎しみ絶望、ドス黒い感情が渦巻いている。コーヒーの中に砂糖とミルクを入れず、ひたすらコーヒーを追加してぐるぐる回している様子にも見えた。 「そうですか、そう、ですか……そりゃ世界を恨みますよね……」  店員はとりあえずある一つの魔法をオススメすると、魔王ユキは今までの雰囲気とは真逆の笑みを浮かべて去っていった。店員はすぐにバックヤードに戻ると、ティッシュを目一杯掴み、大きな音を立てて鼻をかんだ。 「これ、すごい良かったです」  彼が持っているのは、桜のような色合いのケース。タイトルは「淡雪」。回復の小魔法だ。 「俺……なんでかは分からないんですけど、どんなに身体がめちゃくちゃになってもすぐに治って」 「えっ」 「不老不死?ではないと思うんですけど……」  知らなかった。ただ少しでも負担を減らそうとしておすすめしたのに。店員は先ほどの「すごい良かった」という言葉が引っかかり「何処が良かったんです?」と聞き返した。 「身体が再生する時、ボロボロになった細胞がくっつく?んですかね。あれめっちゃ痛いんですよ。だから、魔法でこんなに負担が減るもんだなって……ありがとうございます。店員さん」  彼は暖かいものに包まれているかのようにホッとしていた。その和やかな笑みとお礼が、彼の最後の姿だった。 「アルバイトくん、やっほー? お元気ー?」  店員はあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、それを隠すことなくその相手に向けた。相手はそれを見て顔をニヤつかせる。  突然やってきた白いスーツの男。名前はコトブキと言う。本社の営業部に所属しており、時々子会社であるレンタルショップに顔を出す。だがあまりにも難がありすぎる性格のため、店員は彼のことをかなり嫌っていた。そしてコトブキも店員を嫌っていた。まさに犬猿の仲だろう。ちなみに後輩はこういう男たちは慣れているので普通に対処している。 「おっ。正社員さま! これはこれは! 相変わらずいい笑顔で!」  店員は明るい大声で対応しながら 「ちゃんと歯磨いたかわかめついてるぜ」  と、小声で返した。 「本当ー? 今日の朝ごはんは奥さんが作ってくれたコーンスープだったのにな?」  コトブキは笑顔ですっとぼけながら 「お前こそ歯にネギついてるぞ接客業だぞちゃんと確かめろ」  と、ドスの効いた声で返した。  くだらない言い合いをし、コトブキは慣れた動作でカウンターに肘を置く。黒い手袋を装着している右手を口に寄せ、「そうえば聞きました?」と内緒話を始めた。 「暇なんすか正社員さま」  店員の嫌味を無視し、コトブキは続ける。 「お前が贔屓にしていた魔王ユキさま。世界を壊して本社に捕まったぜ」  カウンターを大きく叩く音。店員が拳をカウンターに押し付けている音だった。 「俺……のせいか」 「まあお節介したお前にも非はあるがな」 「でも本社が、なんで」 「新しい世界への実験台(モルモット)にするんだと」  コトブキが何もない(くう)に指を押すと、何枚かの紙が現れ、カウンターの上に順に落ちてゆく。一番上の紙にはあるレンタル魔法の画像がコピーされたものが写し出されていた。タイトルは「何がなんでもオンリーユー」。 「これ。ずっと昔に貸し出しされていて行方不明になった禁忌魔法」  わざとらしく音を立てながら、その紙面を指の腹で叩く。いやらしく口角を上げ、細い目をかっぴらいて店員を見ている。 「好きになった者を不死にする、狂った魔法……いや。魔法じゃねーな、こりゃ呪いだ。これが魔王ユキ様に掛けられていたんだよ。不死の呪いと回復魔法を得た魔王に、人類の攻撃が保つと思うか?」  コトブキは持っていたトランクの中に出した紙をしまい、再び空に指を押した。すると今度は一枚のメモ紙が出現した。ボールペンで書かれたような文字。書いた場所が安定しなかったのか文字はガタガタしているが、それでも丁寧に書かれていた。 「魔王ユキ様からの伝言。まあそれでも読んで反省したまえ、アルバイトくん♪」  店内から出ると同時に指先から小さな炎と煙草を出してコトブキは去って行った。上機嫌なのか口笛を吹いている。  彼が立ち去ったと同時に、店員は横たわるメモ紙を凝視していた。 『レンタルショップの店員さんへ。お世話になりました。久々に人(店員さんが人じゃなかったらすみません)に優しくされたので、とてもうれしかったです。 彼女の話を聞いてくれたのははじめてだったので、救われた気がしました。あなたのことを、一生忘れません。』  店員は読み終わったと同時にそのメモ紙をクシャリと片手で潰して、息を吐きながら天井を眺めていた。  その姿を見た後輩は「またお節介しました?」と御構い無しに聞くと、店員はただ一言「分からん」と返しただけだった。
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