第五話:貴方の過去は何円?

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第五話:貴方の過去は何円?

 どこかの世界で発売されたくじ、のラインナップ。店員はそれと実物をすごい速さで交互に眺めていた。特賞はリアルのスライムを使って象られたスライム娘で、微かだが動いている。コストが高い割には売れなかったのでこちらに回ってきたらしい。 「うわ、気持ちわる」  伸ばされた指先がリアルに動く様子を見て、本音を漏らす後輩とは対照に……店員は情熱的な眼差しを向けている。そんな彼を見て、後輩は怪訝そうな表情を浮かべる。 「先輩、もしかして」  図星を突こうとする後輩をよそに、店員は電卓片手に計算し始めた。 「俺の計算だと十回以上引けば当たる確率が高いのだがなにせ単価が高すぎて何回シフトを入れればいいかわかr」 「うわ先輩の早口気持ちわる」  そんなの無視して、店員はひたすらカレンダーを眺めている。給料日を照らし合わせているようだ。 「金欠っすか?」 「家賃が高いから常に金欠だよ! あとちょっと自分のご褒美に一人焼肉を……」  ご褒美が仇になるとは……こうなったら奥の手段。何か所持品が売れないかと、店のPCを使い色々な世界のオークションサイトを開こうとした。そんな姿を見て、後輩が閃く。 「自分の世界、なんでも売れるっすよ」  後輩の世界。店員は彼女の世界のことは少ししか知らなかったので、とりあえず最初に浮かんだ疑問だけを投げ掛けた。 「法律は?」 「裏ルートっすよ。自分の眼球も馬鹿高く売れたっす」 「え。メドゥーサの目玉売ったの? あのヒモ男のために?」  後輩は彼氏と同居しているのだが、その男がどうしようもないヒモというのを店員は知っていた。彼女は眼帯に指を這わせ、珍しくニッと笑みを浮かべる。 「見ます?」 「あ、遠慮しまっす」 「過去とかどうっすか? 俳優や小説家とかにめちゃくちゃ高く売れるっすよ」  なるほど。他人の記憶ほど所有したい、体験したい職業の人々。確かに需要はある。店員は腕を組んで頷く。 「過去、ねえ」 ***  視力低下でPCやスマートフォンが禁止。虐待死が増えたため結婚や出産にも資格がいる。破ったら人生が壊れるくらいの罰金、逮捕など。もはや脅しであった。男はそんな抑制された世界の住民であった。  良い大学を出たのに活かせる研究職は資金を打ち切られ……自宅で寝転ぶ無職は今日も愚痴る。近所のおばさんから孫に悪影響だからはよ結婚しろ、働けと言われる。学生時代に彼女を家に連れていくため一緒に近所を歩いていたら、子供に悪影響だから別れろと言われ、どうすればいいんだと今日もダラダラ過ごす。  そんな男にツキが巡ってきた。昨今の大富豪は研究者のスポンサーになるのがブームらしい。ある研究チームにスカウトされた男は、なんと空想上のものと言われていた魔法を作ることになった。そして魔法をレンタルする店への"アクセス"が成功。魔法を完成させたチームの一人として表彰された日には、近所の誰もが自分は幼い頃から見てきた、いつか偉業をすると思っていたなど手のひら返し。魔法はあっという間に世に浸透し、様々な課題をクリアしていった。  が。便利な分、それを利用した犯罪も増加した。人間というのはずる賢い生き物である。研究チームは解散。今度は犯罪者扱いされ、世界の除け者にされた。だが、こっそり研究道具を買い取った男は、ある実験をした。  どうせこのままだと独り身で死んでゆく。どうせ結婚できないなら、子供ができないなら、作ってしまえばいい。それは明らかな禁忌であった。自分の遺伝子と魔法を使い、人のような魔物のような物体を生み出した。男はそれを魔族と名付けた。何故ならそれを最初に生み出したのは、その男であったから。  男はそれが生まれた時から、愛に、母性に目覚めていた。魔族一人一人に名前をつけ、そりゃもう実の子供のように可愛がっていた。  その幸せは突然終わりを告げた。少しだけ目を離していた。買い物に出て、留守番をさせていただけなのに。男の脳と彼らの感情はリンクしており、その異変にはすぐに気付けた。吐きそうになりながら家に戻る。家に到着するまで、熱さと苦しみを訴える声は途絶えなかった。  故意なのか他意なのかは分からない。だが、男が他人の手によって家族を失ったことには変わりない。  怒りが収まらなかった男は世界が壊れる原因を放ったと同時に、その世界から逃げた。自らが生み出したものと生まれ故郷が消える姿を見るのが嫌になり、逃げてしまったのだ。 *** 「いやあ……やっぱ過去は売れないわ~」 「そうっすか」  後輩はスマートフォンを操作しながら適当に相槌を打つ。録音を終え、データを保存していた。 「とりあえずこの内容、査定に出しときますね。明日には査定結果出ると思うんで」 「俺の過去が明日には金額として現れるとは……お前の世界は恐ろしいよ」  そして次の日。 「先輩、査定結果出たっすよ~なかなかの高値っす」  後輩がスマホの画面を店員に見せると、店員は「うげえ!?」と何とも言えない発声をした。 「家賃一年分……!?」  自らの罪と罰が混ざった思い出か。それとも今を満たす金か。店員の心には、様々な感情が震え、身体まで震えていた。
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