6 お前には、お前の世界の俺がいる

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6 お前には、お前の世界の俺がいる

 久遠は誰かに抱えられるのを感じ、手放してしまいそうな意識をかろうじて取り戻した。目を開けると、かすかに皺ある暖かい女性の目元が、こちらをのぞいている。 「……悠子、か」  たとえ何年後の顔だとしても、久遠が見間違えることなどなかった。中年の女性──悠子が、目もとに涙をためて、震える唇を噛みしめながらほほえんでいる。  久遠は苦く笑った。 「なんで、ここにいる?」 「あなたがここで死んだのを見届ける世界線の私はね、のよ。リケジョは専攻をまるきり変えるの」 「開発、したってか」 「二十三年と、五ヶ月と、十三日かかった……やっと、過去にさかのぼったの。ねえ久遠くん、一緒に私の時代に来て。あの時代ならあなたの傷も治せるから」 「だめ、だ」  ゼロ距離でも聞き取ることが難しい声で、だが久遠は決然とつぶやいた。 「俺が、生存した瞬間、お前に再び、〝死神〟が、やってくる」 「もう私は十分生きた。おばさんよ」 「お前には、お前の世界の俺がいる。お前がここから遠ざけた、あの悠子が、今から会う俺だ。そいつを、悲しませたくは、ないだろ」 「あなたをこのまま死なせるなんて、いやだよ」 「俺が断るって、わかってて、来たんだろ」 「あなたって、本当にエゴイスト」  久遠の視界は、もうほとんどぼやけて悠子の顔をくっきりと見ることができなかった。  死が近い。
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