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 はっきり言って愚痴聴き屋は大変だ。ストレス社会のご時世、愚痴の一つや二つこぼしたくたるのも当然だろう。しかし、その愚痴をひたすら聴くのは楽じゃない。たまには私だって根を上げたくなる。でも、続けていけるのは自分への贖罪も兼ねているからなのかもしれない。  お客さんは、また女性だ。 「あの人はなんで浮気をするのかしら。私が嫌いなのかしら」  ご主人は奥さんを大切にしていないんですね。とは言わない。私はひたすら黙って傾聴していた。 「もし私に悪いところがあるとしたらなんなんでしょう。御飯も美味しいはずだし、掃除や洗濯の家事も欠かしたことはないのに」  女性に落ち度があるわけではないだろう。浮気はある意味、できる男の証明だった。バブルに沸き立つ日本で、私は役職と札束を頼りに豪遊していた。その刺激は私のみなぎる活力へと変わっていった。 「あの人は……、私の気持ちを考えたことがあるのかしら」  息を飲んだ。妻の気持ちを考えたことがあるか。私はその言葉をひたすら自分の中で反復させたが、その答えは出てこなかった。 「唯一、後悔があるとすれば、子供を残せなかったことです。初めて会う人なのに、すみません。あなたは何故か話しやすくて」  私は女性を優しく包容した。これが仕事だからだ。彼女は慌てて私の両手を振りほどいた。 「あなたって人は。あなたにも奥さんはいないんですか? それは浮気とは違うんですか?」  私は黙ってお辞儀をするしかなかった。私はこの女性を好意を持っていた。そんなことは言えないが、それでも、その想いを包容に託しているのだ。  私は、興奮する女性を縁側に残して、その場を後にした。  眩しい夏の日だった。
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