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3 添い寝、始めます。
誘導されるまま、愛衣は男のマンションまでやってきた。
少し広めの2LDKはあると思われるその室内は、整然としていた。というのも、荷物が極端に少ない印象だった。これで段ボールでも積んであれば引っ越したばかりの部屋かと思えるが、その様子も無い。生活感がまるで無かった。
愛衣のその視線に気付いたのか、間宮は苦笑いしながら寝室への扉を開けた。
「元々、私の荷物は少ない方だったんだけどね。妻が出て行ってからというもの、部屋が更に閑散としちゃってね」
(バツイチだったんだ)
愛衣は納得した。
間宮は愛衣より軽く見積もっても十歳は年上に見えたし、結婚していておかしくない年齢であった。世間の定義がソフレを浮気とするのか分からなかったが、妻のいる相手には流石に気が引ける。愛衣は安堵の表情を浮かべて、「私もフリーだから、安心して下さい」と伝える。
「それは良かった」
間宮はネクタイを外しながら、浴室の方を指差した。
「タオル、適当に使っていいからお風呂に入っておいで。着替えも嫌じゃなければ、私の服を洗面所に用意しておくから」
手慣れた様子でそう言った間宮に、愛衣は有難う御座います、それだけ言って浴室に駆け込んだ。服を脱ぎながら、未だ破裂しそうな心臓をそっと押さえた。
歳の差?経験差?
これから一緒に眠るだけだと言うのに、愛衣は一向に落ち着かなかった。
シャワーを浴びながら、やっと今を冷静に考えられた。
よく初対面の異性相手にソフレなんて持ち掛けられたと思う。むしろこの後、約束を守って添い寝だけする方が…流れ的に不自然な気さえしてしまった。
「…やらかしてるかな、私…」
シャワーの水音にかき消された言葉を飲み込んで、浴室を出る。
間宮の物と思われるシャツとズボンが綺麗に畳んで置いてあった。
試しにズボンを履いてみたが、長身の間宮の服だけあって股下が全然合わず、腰回りもずり落ちてしまった。諦めてシャツだけ着ると、大事な部分と太腿が少し隠れるぐらい長さがあったので、それだけにしてズボンは畳み直してそこに置いたままにした。
寝室に戻ると、ダボダボのシャツを纏っている愛衣に間宮は「ちょっと大きかったね」と笑って入れ違いで浴室に向かった。
部屋を出る前に「横になって、寝れそうなら寝ちゃっていいから」と言い残す。
言われた通りベッドに横になったが、案の定元彼とリオンを思い出して涙が流れてしまう。ぐすぐすと鼻を啜りながら、ベッド近くにあったティッシュを拝借して涙を拭う。
ごろんと寝返りを打っても、随分余裕のあるベッド。ダブルくらいあるのだろうか。この広いベッドに、間宮と奥さんは文字通り寝ていたのだろう。性的欲求が失せる程の安心感とはどんなものなのか、考える程に愛衣の脳は冴えていくようであった。
「やっぱり眠れなかった?」
暫くしてから戻って来た間宮に声を掛けられ、愛衣はコクリと頷いた。
元より一人寝が出来るとは間宮も思ってはいなかったようで、
「そっか、自分が役に立つといいんだけど」
それだけ言って、ベッドに入って来た。愛衣の身体は自然と固くなる。
この後自分はどうすればいいのか分からなかった。
そんな愛衣の様子に、間宮は困ったように苦笑して身体を抱き寄せてくる。
触れられた箇所が熱く感じる程、愛衣は隣にいる間宮の存在を意識していた。
「…一緒に居るだけだから、緊張しなくていいよ。眠くなるように昔話でもしてあげようか?」
「…子ども扱いは、ちょっと」
「ごめんごめん。何か反応とか、すぐ表情に出るのが可愛くって」
「私、顔に出てます? 元彼には無表情で…何考えてるか分からないって言われたのに…」
思い出してまた涙が溢れてしまったが、間宮が袖でそっと拭った。
「それは彼氏がちゃんと…愛衣ちゃんを見てなかったんじゃないかな。私には表情がころころ変わる女性に見えるよ」
間宮の低く静かな声が、愛衣の耳に心地良く響いた。
今まで気付かなかったが、ベッドで密着すると間宮の匂いがとても良い匂いに感じる事に気付いた。同じシャンプーを借りたはずなのに、自分とは違う匂いに感じる。それはとても心が落ち着く匂いであった。
こんな感覚は初めてだった。今まで感じた事のない充足感に包まれていた。
ふっと一瞬だけ、全ての悲しさが愛衣の気持ちから消えた。
このままこの人の声と熱と匂いに包まれていたい。そう思った瞬間、愛衣は気絶するわけでもなく、三ヶ月ぶりに眠りについていた。
「良かった…眠れたみたいだね。おやすみ」
愛衣の頭をそっと撫でながら、間宮は部屋の照明を落とす。
自分の胸に縋る様に抱きついている愛衣の身体をそっと抱き、間宮自身も目を瞑って眠りについた。
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