86人が本棚に入れています
本棚に追加
第10話_爪痕残る身体
『転異空間』から戻ると同時に、『セイバー』の変身は解除される。
『セイバーオニキス』として転異空間に乱入して蒼矢を連れ戻し、図書館の一室へ帰還してきた宮島 影斗は、抱きかかえていた蒼矢を静かに降ろした。
「……」
あの後失神して動かなくなった蒼矢の身体を、影斗は険しい表情で見下ろす。
変身解除すると、変身直前の状態に戻されるため、蒼矢は上半身から下腹部の着衣が乱れた姿になっていた。部屋を見回すと、椅子が倒れていたり机が部屋に対して不自然に斜めになるなどの光景が広がっていて、壁際には見知った黒縁の眼鏡が無造作に転がっていた。
何があって転異空間へ飛んだのか、影斗の想像に難くなかった。
自身を落ち着かせるように深く息をつくと、影斗は蒼矢の着衣を整えてあげた。
と、部屋の扉が勢い良く開かれる。
「蒼矢!! …影斗!?」
「おう」
絶妙なタイミングで、烈が到着した。
全力疾走してきたのかやや息を切らしていて、最初に視界に飛び込んできた影斗に目を丸くする。
「お前…なんでここに!?」
「丁度こっちに向かってたんだよ」
「そ、そっか…、 っ蒼矢は!?」
「ここにいる」
烈は二人の元にかけ寄る。影斗のバイクジャケットを枕がわりにして、蒼矢は静かに横たわっていた。
姿を見て安心したのか、烈は膝に手をついて息を吐き出しながら脱力した。
「…お前が連れ戻してくれたのか?」
「ああ、危ねぇところだったけどな。…見てみろ」
影斗は軽く頷いて聞き流し、烈に目で促した。視線をたどった烈は、表情を凍らせた。
やや乱れた襟シャツの隙間から見える首筋に赤い痣ができ、鎖骨の方まで点々と浮かび上がっていた。改めて蒼矢の顔へ視線を戻すと、失神しているものの頬は上気したように紅潮し、汗に濡れた髪が白い肌にまとわりついていた。
この類の方面には鈍感な烈でも、十分動揺できるあり様だった。
頭の中でぐるぐると何かを考えながら、烈は言葉を絞り出す。
「…どこまで…やられちまったんだ…?」
「わからねぇ。…葉月は来てるか? 人が少ない内に移動した方がいい」
助け出した影斗には烈の問いの程度がなんとなくわかっていたが、あえて濁した。シャツのボタンを上まで留めて痣を出来るだけ隠し、話題を移す。
「あ…あぁ、車が…多分」
動揺を抑えられない烈は、返答がしどろもどろになってしまっていた。
その背中を、影斗が手ひどく叩く。
「一旦落ち着け。お前の方が力あるだろ、運んで」
「…! わかった」
影斗の一喝で烈は我に返り、慎重に蒼矢を抱き上げる。そのまま図書館をあとにし、葉月の車へ急いだ。
学校敷地外の、比較的目立たない場所に待機していたミニバンに蒼矢を乗せ、静かに走り出す後ろ姿を見送る。
すぐ後に影斗のバイクが通り過ぎ、烈もバイクにまたがり、後を追った。
最初のコメントを投稿しよう!