1/1
前へ
/6ページ
次へ

…。 私は飛び退くことも舞い上がることもせず、光る指輪を見つめた。自分が今、プロポーズされたことこそ自覚していたが、正直どんな風に反応をすればいいか分からなかった。 笑顔を咲かせれば良いのか。感極まって涙を流せばいいのか。ドライに反応して貴宏さんの反応を楽しんでみてもいいのか。分からない。 "分からない。" 私は分からないことだらけだ。過去が拭い切れてなく、未だに人を、特に男の人を信じられていない。貴宏さんも、他の人に比べれば心の距離は近いと思うが、深くまで信じているか分からない。果たして、このプロポーズを受け取っていいのか。 貴宏さんを信じきれていない私と、どこまでも忠実に信じ、愛してくれている貴宏さん。これでは、貴宏さんが可哀想だ。私の気も引ける。苦しい。哀しい。でもこうするしかない。 「ごめん、なさい...」 貴宏さんの反応を見るのが辛くて、怖くて、俯いた。月光にぼんやりと照らされたドレスの裾を握る。私を嘲るように皺が出来た。 「僕のことは、嫌い、ですか...」 私の断りを聞いた貴宏さんはおずおずと、哀しく言葉を紡ぐ。そんなわけない。大好きに決まってる。こんなに私に優しくしてくれた人は貴宏さんが初めてだ。 「嫌いなわけありません!でも...」 勢いよく口を開いたものの、「でも」の後が続けられない。私の過去はちらりと話したことはある。でも、それは大雑把で人が信じられなくなるほどになったあの日の出来事は話していない。 どれだけ好きな相手でも、私は信じられないのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加