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祖父の家は、いかにも田舎の家といった風情だ。背後には厳しい山が迫っている。左手には雑木林、右手はだだっ広い庭になっていて、この周囲をぐるりと生垣が巡っていた。
黒々とした瓦屋根は、朝日を浴びて光っている。縁側の雨戸はすでに開けられていた。
ずいぶん早起きなことだ。腕時計を確認したら、まだ7時になったばかりである。
感心して、いや待てよ、と踏みとどまった。今この家には誰もいないのじゃないか。はて、他にも親戚の人が来ているのだろうか。
思案していると、玄関の引き戸を開けた母が怪訝な顔をする。
「何ぼうっとしてるの。お父さんの荷物を持ってあげて」
言い渡すと自分も荷物を持って、家の中に消える。
振り返ると長距離運転でふらふらの父が、両腕に旅行カバンを持っていた。私は慌てて片方のカバンを取り上げる。
「お、悪いなあ」
へらりとした笑顔を私に向けた。
いいってことよ、と笑い返した私は先程の疑問を尋ねてみる。
「ねえ、お父さん。親戚の人が先に着いてるの?」
私の質問の意図を測りかねたのか父は、ん? と首をかしげる。
「だって、おじいちゃんいないのに、雨戸が開いてるじゃない。中に誰かいるの?」
重ねて聞くと父は得心がいった顔をする。
「あー。あれ? お前には話してなかったっけ?」
「なにを?」
二人でしゃべっていると、しびれを切らした母が玄関に戻ってきた。
「二人とも何をしてるのよ」
腰に手を当てて眉を吊り上げている。すると、母の背後から人影が現れた。
「景文(かげふみ)くんが待ちくたびれているわよ」
母の言葉に、現れた少年は静かに微笑んだ。
少年は確か従兄妹だった気がする。何度か親戚の集まりで、顔を合わせたことがあった。しかし、ろくに話をしたことはない。
彼がいることを知らなかった私は、母に近寄って小声で文句を言った。すると呆れた顔で溜息をつかれる。
「なに言ってるの。ちゃんとあなたにも説明してるわよ」
言い合う私たちを素通りして、父は少年に話しかけた。
「朝っぱらから、うるさくてごめんね」
父の言葉に彼は、いいえと返す。
「君には面倒をかけたね。心細かったろう」
「ご近所の方が、色々と世話を焼いてくれたので大丈夫でした」
静かでどこか大人びた声の主を、私はちらりと見る。
涼しげな目元の男の子だった。一度も染めたことがないのだろう、艶やかな髪は真っ黒だ。髪が黒いせいか、やけに肌の色が白く見える。羽化したての昆虫のような、血が巡っていない白さだ。
視線を感じたのか、彼と目が合ってしまいギクリとして目をそらす。
私の様子に全く気付いていない父は、少年に呼びかけた。
「家が遠いからと、ここに一人にしてしまってすまなかった。兄貴たちに続いて、親父の葬儀までやって疲れただろう。後は私に任せてゆっくりしなさい……それから、親父の最期を看取ってくれて、ありがとう」
父は軽く頭を下げたので、彼は少し困ったように眉を寄せる。
さあ、まずは朝食だ、と父は急に声を張り上げてズカズカと家に入って行った。母はやれやれと息をつき、同じく家の中に戻る。彼は呆気に取られて二人を目で追った。
そして私に向き直ると、かすかに笑んで自分も中へ入っていく。
「え」
私は思わず声をもらした。
彼が後ろを見せたその時、血が通っていないような生白いうなじに、淡い緑色の蛹が見えたのだ。
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