芽吹く蝶

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「何を見てるの?」  炎昼の中、庭の植木の前でしゃがみ込んでいる景文くんを見つけたので、声をかけてみた。  庭は熱心に手入れをされていないのが、雑草の伸び具合から窺い知れる。それでも荒れた印象を与えないのは、彩り豊かな花たちが咲いているからだ。  花壇があるわけではなく、あちらこちらに自由に芽吹いて、殺風景な庭に色を付けている。  彼は後ろに立った私を見上げると、植木を指で示す。見てみろということだと了解して、私もしゃがみ込んでみた。  その際、ちらりと景文くんのうなじに目を向ける。うなじには、うっすらと汗が浮かんでいるだけで、他に何の姿もない。やはり、昨日見たものは気のせいだったのだ。  植木には大きめの白い花が咲いている。この花を眺めているのだろうか。しかし、彼の視線の先を辿ると、花ではなく幹に注がれていた。  こんなものの何が面白いのだろう。  不思議に思ってさらによくよく観察すると、幹には蛹がついているのに気付いた。 「蛹?」  問うと、そう、と返事があった。 「僕はね、この中に入ってみたいんだ」  視線を蛹に向けたまま景文くんは言う。  こちらの反応を気にしている風はなく、まるで独り言のようだった。 「うちは大家族だったんだ。上に兄と姉、下に弟と妹がそれぞれ一人いて僕は真ん中。広くない家の中にぎゅうぎゅう詰めで、いつも騒がしかった。ケンカをする声や、ふざける笑い声、物を壊した音が、どこかしらから聞こえてた。その音で、誰がどこで何をしているか、すぐに分かるんだ。すると、母さんが飛んで行って叱りつける。静かな時なんて全くなかった」  意外だ。  今の景文くんの雰囲気からは、賑やかな大家族で育ったとはとても想像できない。彼がまとっている空気は穏やかで、音が絶える水底に似た静かさがあった。 「僕たちが乗ったバスが事故にあって、おじいちゃんに引き取られてから、人がいないとこんなに静かなものなのかと思い知ったよ。この家に来て、初めて時計のカチカチっていう音を聞いた。前はうるさすぎて、秒針の音なんて耳に届かなかったんだ。おじいちゃんは僕に気を使っていたのか、それとも接し方が分からなかったのか、あまり同じ部屋にいなかった。この家って都会に比べてすごく広いだろ? こんなに大きい家じゃ、誰がどこにいるのかなんて分からない。僕たちは二人暮らしだったし、なおさら。だから、この広い家にいつも一人っきりのような感じがしてたんだ」  それがとても寂しかった、と彼はこぼした。
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