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それから数日後の夕食時。
母がご飯のおかわりをよそいながら、この家どうするのと切り出した。私と景文くんはぴたりと箸を止める。
父を窺うと、ついにこの話が出たか、というような顔をしていた。
「景文くんは私たちと暮らすんだから、ここは空家になるのよね? でも、放置してたら荒れるだろうし何より物騒だわ。だから、取り壊すんでしょ?」
言って、お茶碗を父に渡す。
受け取ったご飯をちゃぶ台に置くと、そうだなあ、とずいぶんのんびりとした声を出した。
「取り壊すって言ってもなあ。費用だってかかるし。法務局に手続きもしなきゃだろ? 会社もあるからなあ」
のらりくらりとした返事に、母は苛立ったようにこめかみをひくつかせた。
これはまずい、と私は父に問いかける。
「お父さんはこのまま残しておきたいの?」
父の歯切れの悪い物言いから、そんな印象を受けたのだ。グダグダ理由を並べていたけど、本当は取り壊したくない言い訳なのじゃないかって。
「んー、まあ生まれ育った家だし。親父が大事にしてたしな」
「え、そうなんだ」
祖父がそこまで愛着を持っていたなんて知らなかった。私の中の祖父は厳しく寡黙な人で、そんなイメージはない。
「お袋との思い出が詰まってるから。お袋がいた頃は、親父ももう少し社交的だったんだ。休みの日にはどっかに連れて行ってくれたり、村の祭りにも一緒に遊びに行ってくれた。まあ、全部お袋が頼んだことなんだけど」
ふうん、とあいづちを打つ。あのぶっきらぼうな祖父が、祖母のために馴れない家族サービスをしてたのか、と想像すると微笑ましい。
「何だかんだ仲が良かったからな。だから、お袋が死んだ時は、えらく落ち込んだんだよ。俺と兄貴が、後追いでもするんじゃないかって心配するくらい。それからだな。親父が家にこもるようになったのは」
母もそうねえ、とこぼす。
「去年会った時はかくしゃくとしてたんだけど、お正月に帰った時には何だかぼうっとしてて。その後じゃない? お義父さんが病院に運ばれたの。連絡があって慌てて駆けつけたら、もうすっかりボケちゃってたのよ」
病室での祖父を思い出したのか、母は眉を寄せた。
「そのまま眠るように亡くなったのよね」
「この地域にはね、昔からそんな風になる人がいるって、聞いたことがあるよ」
父はズズズと味噌汁をすすって、事もなげに言った。
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