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「雨谷、今から昼飯?」
中学三年、夏期講習中の昼休み。野太い声に私は振り向いた。
「あ……うん、葛上くんは?」
「うっかり弁当忘れてきたんだよねー。コンビニ行くけど、雨谷は?」
私は肩から下げたトートバックを思わず背中に回した。中にはお母さんが用意してくれたお弁当が入っている。
葛上くんは私より三十センチも高い背をぐにゃりと曲げて言った。
「ないなら行く?」
「……行く」
「よーし、何にしよっかなー。雨谷は鮭派? 梅派?」
「え?」
「だからおにぎり。どっちが好き?」
「……ツナマヨ派」
「そうきたかー」
葛上くんは豪快に笑いながら塾の自動ドアをくぐった。閉じかけたドアを手で押さえてくれたので、数メートル離れて歩いていた私はあわてて駆け抜けた。
外は真夏の太陽が燦々と降り注いでいる。絵本で「おひさまがさんさんと」なんて書くと平和な感じがするけれど、最高気温四十度越えのこの盆地では、灼熱の日差しは脅威でしかない。
バスケットボール部主将だった葛上くんが前を歩いている。大きな背中に肩甲骨が盛り上がって、緑のTシャツが汗で張りついている。同じ小中学校だけれど運動部の彼と文芸部の私に接点なんてなくて、一緒に歩くのは初めてだった。
健康的に焼けた腕と短く刈った栗色の髪の毛。背中、おっきいなあと見上げていると、振り返った。
「なんでそんなに離れて歩くの?」
「え……だって」
私なんかと歩いてて噂されたら嫌じゃないかな、と思ったけれど言えなくてしどろもどろしてしまう。
「雨谷、ちっさいから見失っちまう」
言うなり私の肩を押して横断歩道を渡り始めた。交差点を渡る人混みをかき分けながら葛上くんを見上げる。汗ばんだ大きな手のひらから体温が伝わってきて、血液が顔に昇っていく。
歩幅の大きい葛上くんについていくのが大変でフラフラしていると、急にパッと手を離した。
「悪い! 俺の手すっげー汗まみれ!」
嫌だったよなーと謝り始めたので、私は拍子抜けした。クラスで一番大きい葛上くんがそんなことを気にするなんて。
クスクスと笑うと「笑うなよー」と言いながら私のトートバックに手をかけた。
「めっちゃ重そう、もしかして辞書持ち歩いてんの?」
「あっ……それは」
お母さんのお弁当が入ってる、と言いかけてあわてて口を塞いだ。思わず持ち手を握りしめると「あ、またやっちまった」と葛上くんは言った。
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