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「ごめん、嫌だよな。こんな汗臭い奴に持たれるとさ」
「ううんっ! そうじゃなくて……」
「うちさー口うるさい姉貴が二人もいるからいっつも荷物持ちさせられてんの。ついその癖で」
頭をかきながら縁石の上を歩いていく。必死についていくと真横にあの大きな手のひらがあった。この手でボールをつかんでシュートを決める姿を何度も見た。校舎の二階にある図書室から体育館が見え、ボールのバウンド音が響いていた。
レイアップシュートを決める葛上くん、ボールは気持ちよくネットを通過して歓声が上がる。彼はチームメイトとハイタッチを交わして私はこっそり拍手する。
いろんな条件が重なって、大会がないまま夏は終わってしまった。文芸部に引退なんてないけれど、彼がドリブルする姿は見られなくなった。
「雨谷、県立受けるんだって?」
「うん……葛上くんは?」
「俺、北海道」
思わぬ言葉に足を止めた。北海道、何百キロ離れているんだろう。
「え……引っ越すの?」
「うん、じっちゃんの調子が悪いらしくてさー。親父が牛舎を継ぐことになったんだ」
「そうなんだ……」
こんなとき何て言えばいいんだろう。物語ならゆっくり言葉を選べる、でも葛上くんは私をじっと見ている。心臓が変な音を立てて考えを遮ってしまう。
そのときコンクリートにぽたりと黒い染みができた。落ちた水滴は瞬く間に蒸発してむせるような熱気を放つ。
「うわっ降ってきた!」
言うなり彼は縁石から飛び降りて私の手をつかんだ。雷の轟く音が街に響き、滝のように雨が落ち始める。買ったばかりのサンダルに泥がはね、汗なのか雨なのか濡れた葛上くんの手に力が入る。
近くにあったコンビニに駆けこむと震えるような冷気に包まれた。
「まいったなー、俺サイフしか持ってねー」
私はトートバックをあさってタオルを差し出した。赤いチェックの弁当包みが見えそうになって、あわてて単語帳をかぶせる。
「俺はいいから雨谷拭けよ」
「もう一枚あるから」
そう言ってハンドタオルを出すと、葛上くんは豪快に笑った。
「んじゃ遠慮なく」
節だった手がピンクのタオルを受け取る。体も声も大きくて、なんならちょっと怖いイメージもあったけどピンクも似合うなあ。
エアコンの寒さに震えながらおにぎりを選ぶと、外はまだ雨が降っていた。
私たちはコンビニの軒下に立って雨に濡れる街を見つめる。
「食うか、ここで」
葛上くんはコンビニの袋をあさるとおにぎりを三つ取り出した。こんな雨の中でほんとに食べるのかな、と呆気に取られていると「鮭」と印字されたパッケージを開けて言った。
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