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台所、屋根裏、襖、納戸、隅々までもう一度探すが、優は見つからない。
後は庭と縁の下だが、庭は祖母の手入れが行き届いていて隠れる場所がない。縁の下も、携帯のライトで見てもなんら変哲もない。いや、昔、増築したとのことで奥まで全部見えないのが気になった。
探していないのはこの奥だけだ。こんな暗いところに長時間、優がいるわけがないと思っていたが、八千代の話で今回はかなり覚悟を決めているのがわかる。
なんとか潜る。床下が高い作りになっているおかげで、成長期の自分でも少し余裕があることにホッとする。携帯のライトを頼りに進んでいく。
足跡らしきものがないし、そもそも土が綺麗だ。
まるで定期的に床下を誰かが掃除しているような……。
「ゆうーーー。いたら返事してくれ!」
この近くにいる。そう確信して弟の名を呼ぶ。
「何処にも行かないから、お前も何処にも行かないでくれっ」
ふと、右手奥に石の壁があった。構造上、こんなところに石があるわけがない。
近づいてみると、石の壁が四方を囲っている。ちょうど子供が1人入れるような大きさ。
まるでアマテラスの天岩戸のようだ。
手当たり次第、石を左右に動かす。1つだけ、横に動いた。
「ゆう!」
渾身の力で石を動かすと、中にはずっと探していた弟の姿があった。
「ゆう、ゆう!」
声をかけるが反応がない。急いで自分の方へ引き寄せ、中の様子を確認する。八千代の話だと、ここに彼女の骨があるはずだったがそれらしきものは見当たらない。お菓子のゴミだけだ。
少しホッとした。
すぐさま、反応がない優を抱きかかえて外へ連れだす。
「優、しっかりしろ、目を開けてくれ」
このまま二度と目を覚まさなかったら……そんな恐怖が慎人を襲う。
「お願いだ……」
「兄ちゃん?」
耳元で数時間ぶりの弟の声。
「優」
「あ、俺、寝ちゃった」
「賭けは私の勝ちね。優くん」
「ちよちゃん」
「は?」
どういうことだ。優は八千代にも賭けをしていたのか?
整理がついてない頭で八千代に視線を向けると、『いたずら成功』と描かれた紙を掲げている。
「色々嘘ついた!」
「色々!?」
「優くん、饅頭ちょうだい」
「ま、まだ一回戦だよ。隠れる場所いっぱいあるもん。兄ちゃん、もっかい…」
しようという言葉を、手で塞ぐ。今は目を離したくない。
「俺の負けでいい。いいから。もう隠れんぼうは終いだ」
「で、でも、兄ちゃん。帰っちゃうでしょ」
「帰らない」
「ほんとっ。明日も?」
「ああ。明日も明後日も。お前が大きくなるまで帰らない」
「やった! 八千代。やったよ! …あれ、いない」
飛び上がって、喜ぶ弟は協力者の姿を探すが見当たらない。
代わりに聞こえたのは、
「優、こんな夜遅くになに大声出しているの? …あら、慎人、くん」
「おやまぁ、おおきくなって」
「……お久しぶりです」
「お母さん、ばあちゃん! 兄ちゃん、ずっといてくれるって」
「あ…」
八千代の迫力ある演技の所為で、すっかり義母のことを失念していた。俺を見ると父のことを思い出してしまうのはやはり嫌だろう。どうしよう。
「まぁ、良かったわね! ていうか2人とも泥だらけじゃない。お風呂入ってきなさい」
「え」
「はーい」
「ほら、慎人く……慎人もあがって。あの人とも話し合っているから…」
大丈夫よ。そういうのだ。
俺はもしかして1人で相撲をとっていただけなのか。酷く滑稽に。
八千代の言うように、自分をないがしろにしすぎたの…か?
お風呂入れてくると元気よく走っていった優を呆然と見送る。
「ほら、話は部屋の中でしましょう」
義母も追いかける。祖母はそんな2人を微笑ましく見守って、慎人に振り返る。
「よく来たね」
「あ、……連絡もせずに勝手に上がってすみません」
「なぜだい? 孫はいつでも来ていいのよ」
「……」
「話は聞いているよ。誰も悪くない。ただあわなかっただけ。時間が経って娘も少し冷静になれたよ。ごめんなさいね。貴方の本音を聞かずに進めてしまったことを」
違う。俺は諦めていただけだ。この世にはどうしようもないこともあるって。
「兄ちゃん、早く入ってよ。ばあちゃんも」
「はいはい」
待ちきれず優が戻って俺の手を握ってくる。
「兄ちゃん、お帰りなさい」
「っ……ただいま」
あの時、流せなかった涙が溢れた。
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